琅琊榜~麒麟の才子、風雲起こす~

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原題:琅琊榜 2015年

南北朝時代を模した架空の国・梁。都では皇太子と第5皇子・誉王(よおう)との後継者争いが激しさを増していた。そんななか、2人は情報組織「琅琊榜」から“麒麟の才子を得た者が天下を得る”という情報を手に入れる。その麒麟の才子とは、江左盟(こうさめい)の宗主・梅長蘇(ばいちょうそ)のことだった。両者は早速、梅長蘇の獲得に乗り出すが、梅長蘇は蘇哲(そてつ)と名を変え、都に潜入していた。梅長蘇は実は、12年前に謀反の罪で壊滅させられた赤焔軍の生き残り、林殊(りんしゅ)だった。猛毒に侵され以前とは違う容貌となった林殊は、軍を罠に嵌めた者たちへの復讐を果たそうと都に舞い戻ったのだ。一方、南の国境を守る雲南公主・穆霓凰(ぼく・げいおう)は、梅長蘇の中にかつて許嫁だった林殊の面影を見出し、惹かれていく。梅長蘇もまた霓凰への想いに胸を痛めるのだった。やがて誉王の謀士となった梅長蘇は誉王を巧みに操り、皇太子派と誉王派の勢力を削いでいく。そして、君主の器量を持つ第7皇子・靖王(せいおう)を後継者の座に就けるべく動き出すのだった・・・

感想

ああ、なんということ!
なんという、ピンポイントでついてくるんだ。

Q:琅琊榜ってどんな話?
A:ヒロイン要素しかない男二人の奥ゆかしい百合物語。決して薔薇ではない。脇を固めるのは、無双のショタ・イケメンの郡主(姫)・かわいい萌えヒゲ将軍・優雅なガチムチ皇子に謎のロン毛。

「かわいいショタ・謎の姫・無双のヒゲ将軍・イケメン皇子・優雅なロン毛」ではない。

なお、かわいい萌えヒゲ将軍のヒゲは白い物が混じっている。まさか!おっさんの!かわいさに!開眼するとは!我ながら信じられない。

台湾旅行中に台湾で騒いでいたのが琅琊榜だった。ゆっくりと見始めたはずなのに、いつの間にか加速してしまい、もう脳内は琅琊榜だらけである。

「無双のショタ・イケメンの郡主(姫)・かわいい萌えヒゲ将軍・優雅なガチムチ皇子・謎のロン毛」に何か惹かれるものがあれば多分楽しめると思う。

ただ、ツボを突かれたら、日常生活に軽く支障が出るほどぶち壊れます。

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フー・ゴー
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ご注意あれ

完全にネタバレしているのでご注意を。

そしてネタ以外に以下の要素を含みます。
百合(男二人)・ドM男・宮廷の諍い女宮廷女官ジャクギ・封神演義・三国志演義・正史三国志・水滸伝・西遊記・楊家将・史記・どらえもん・アーサー王と円卓の騎士・ニーベルンゲンの歌・スーパーマン・シャーロック・マッドマックス 怒りのデスロード・シンデレラ・白雪姫・眠りの森の美女・ロミオとジュリエット・007・赤毛のアン

これだけ読んでなくても、見てなくても多少知識があったら下で何を言っているかが通じやすいと思う。水滸伝と西遊記は岩波少年文庫でもいい。日本で翻案したのではなく、できれば原典を訳したものにあたってくれるともっと通じると思います。まあ、ブルフィンチあげてる人が言うか?だけど。

どらえもんあたりはみんな知ってると思うけれど、そのほかのものでいくつかコメントすべき本を上げておく

完訳 封神演義〈下〉 (歴史外伝)
(安能務は面白いけどかなり改変してるから気をつけて。封神演義(上) (講談社文庫)
三国志演義〈1〉 (ちくま文庫)(私はこれを投げた)
正史 三国志〈6〉呉書 1 (ちくま学芸文庫)(孫策はここ)
正史 三国志〈7〉呉書 2 (ちくま学芸文庫)(周瑜はここ)
完訳 水滸伝〈1〉 (岩波文庫)(長いが大変面白い)
史記〈3〉―世家〈上〉 (ちくま学芸文庫)
中世騎士物語 (岩波文庫)(アーサー王と円卓の騎士はここにある)
ニーベルンゲンの歌〈前編〉 (岩波文庫)
赤毛のアン―赤毛のアン・シリーズ〈1〉 (新潮文庫)

・・・自分がいかに岩波とちくまで育ってきたかを思い知らされる。あと新潮文庫ね。

嫌いなものがあったら逃げてね♡知らないよ。
見るなよ、見るなよ、見るなよ。
それではどうぞ。

【公式】「琅琊榜~麒麟の才子、風雲起こす~」予告編

とにかく、隙がない

全てが伏線になり、全ての伏線が回収されるというのは、「宮廷の諍い女」でも同じであった。しかし、本作には一切隙がない。

ジャクギ、諍い女の製作当時以上に、今の中国ではますます表現の自由が狭められているのであろうか。しかし、表現そのものはますます先鋭化し、尖っている。

諍い女がきらびやかな清朝の後宮の物語だったが、こちらは三国時代ののちの南北朝時代。位置としては後漢ののち、動乱して三国時代を経て晋による一時的な統一の後、三ヶ国・二カ国が並立し、隋によって統一されるまでの間の時代だ。何もかもが目がチカチカするほどのキンキラキンではない。それでも衣装の織りが凝っていて、大変美しい。落ち着いた色使いなども日本人に受けると思うのだが。

そして、あの髷!なぜか誉王ひとりが前髪が自前であった。これも中の人のこだわりポイントに違いない。

髷の結い方は一度ハーフアップにしてお団子を作り、下は一番下でくくって止め、三つ編みにして上に持って行ってお団子にくくりつけて飾りで留めるというのがオーソドックスである。ところが人によっては前髪を庇にしてみたり、上をちょっと持ち上げ、耳の上から三つ編みにしていく、とかとにかく凝っている。主役級は留め具に結構凝っているのだけれど、なんとセリフもほとんどないようなモブキャラに近い戦英が俳優が大変なイケメンで凝った髷にしていた。やはり辮髪よりこっちの方が私の好みである。

「絵」としてみると、どこをどう見ても美しい。そして、スムーズに俳優を見ることができる。こう、ストレスのない絵作りというのはやはり、オール撮影所撮影の時代劇ならではだ。

本作では何がいいって、俳優と声優(中国は今でもアフレコ中心)がキャラクターにかっちりとはまり、とにかく下手な演技者がいないことだ。この点に問題が一つだけあるとすると、飛流の声優が成人男性でこれが子供を演じようとしていて無理なことだ。演じている呉磊の声は声変わりしていてかなり太いのだが、「子供らしさ」を演じさせたいならむしろ女性を当てるべきだった。

また、女優に当てられる声優がたまにアニメ声なのがうるさいことがあるのだ、それも一切なかったのが良い。理由としては、女優がほとんどいないからだろう。

ただただ、笑ってしまったのは林殊が崖から落ちて生還するという冒頭だ。これ、武侠もののお決まりである。金庸の楊過小龍女ものなんて、二人ともしょっちゅう崖から落ちているような気がする。

キャラクターもそれぞれを描き切った、という感じでもある。いつものようにそれぞれのキャラクターについて好き勝手書きたい。

各キャラクター

东方卫视2016跨年盛典:胡歌《风起时》【SMG官方超清版】

誉王

はじめから出ていたし、この人を皇帝にして、という話かと思ったら、実は前半のヒールがこの人だ。なお、後半のヒールは夏江。

しかし、ガチンコでこの人と戦っていたわけではない。林殊=梅長蘇=蘇哲はこの人に味方をすると見せかけて金陵まで出て行った。太子と誉王をガチンコで戦わせ、勢力を削らせて野心など何もなかった靖王に漁夫の利を得させたのだった。ああっ!もろに!「戦国策」かっ!

実は生母が滑族の公主だったせいで誉王は自分に帝位の芽がないと知り、謀反を起こしてしまう。

もともと太子はぼんくら、優秀だった長兄はすでに亡く、他の皇子たちは体が弱かったり、野心がなかったり、若かったり、そして父から疎まれている。

靖王に皇帝になりたいなどという、思いはあるようでなかった。

他に皇子はいないのだ。

誉王自身も次の皇帝は自分だというと自信があった。そのために父のご機嫌をとってみたり何か手柄をたててみたりとせっせと努力していたのだ。それが出自だけで無駄であったと知れば、謀反を起こさざるを得ない。

ただし、長兄に毒を飲ませたのは誰だったかなー。だから蘇先生は廃太子は放置してもこの人には毒を持っていかないとならなかったんだよね。それがあるから皇帝は誉王を後継にするわけにはいかなかった。そこに気づかなかったのが残念。

誉王という人はとても賢い人だ。そして人を「使う」ことができる。人を使うことができるというのは、人の意見を聞くことができる、ということでもある。正論に対して、「でもね」と融通を効かせるような「大人」なのだ。彼から見れば原理原則、そして義の人で堅物の靖王なんておバカとしか思えないだろう。

しかし、そこに大きな穴が開いていた。

そうだ。太子への道をショートカットしようとしてしまったのだ。自ら、決して招いてはならない男・蘇先生を呼び寄せてしまった。

誉王は判断が早い。むしろ、早すぎる。とても切れるので早く判断をしてしまうのだろう。しかし、人はそれほど切れるわけではない。これを拙速、という。

しかも今回は鍵を全てあの皇帝が握っていたのだ。皇帝は誉王にその出自を言うつもりはなかったのに。これまでの彼の努力は水の泡だったのだろうか。もちろん、この謀反の段階ですでに蘇先生の策が炸裂しているので、大変分が悪くなっていたのだが。

もしも、誉王に待つことができたならば。蘇先生の策は誉王側ではなく、太子側の不安を煽ることでようやく結実したかもしれない。

だが、皇族で一番賢いのは、祁王や誉王、まして靖王ではない。紀王だと思う。

紀王&高公公

皇帝は大変疑り深い。優秀な息子は殺してしまい、右腕とも言えたような軍も殲滅させてしまう。
その皇帝の側で「何もしない」という紀王と宦官の高公公は地位を保つのである。

紀王は「帝位?そんなもの興味ありませんよ。政治も嫌ですね。軍務も嫌です。私は都で風流な貴公子としていたいだけなんですよ」という態度でいたのだろう。金はかかるが野心はまるでない。そういう男が見てきたものは信用できるではないか。だからこそ、林殊のもとの副官奪還作戦では、靖王のアリバイを証明するのではなく、真犯人=夏冬の目撃者になるのだ。風流貴公子とはいえ、それは大変だ、と靖王の無実を晴らしに行くだけの正義感はある。

それはおそらく12年前に靖王が不興を買ったときもそうだっただろう。「兄上、まだまだ子供ではないですか。子供の言うことですよ?」ととりなしてやったのではないだろうか。靖王もおバカではない。誰も敵に回さない、という紀王の生き方を見たはずだ。太子からも誉王からも距離を置き、一軍人として生きて行きかけていたのだ。あの、男ヒロイン1号にそそのかされるまでは!庭生を見つけたときには自分と紀王を思っただろう。

高公公は影に日向に靖王に味方していた。いや、蘇先生にもである。靖王が蘇先生の正体を知る直前には、「蘇先生は参内してはならない」と静貴妃の侍女に伝言を残している。この人は蘇先生の正体も、庭生のことも何もかも知っていたのかもしれない。

言侯

無風だったと言えば、言候も。

もともと林帥・皇帝と仲が良かったのに、妻にする予定だった林帥の姉妹を皇帝が奪い宸妃としてしまった。それがそもそもの問題点の一つなのだが、この「現在」の物語の中では高みの見物をしている。誉王の謀反のときに皇帝と一緒に立てこもるのだが、誉王を育てたのはこの人の姉妹である皇后だ。誉王は母后には謀反の意思を伝えるのだが、言候には言わない。

言候は蘇の野郎に誘われて誉王を切っていたのだが。「皇后は我が妹、誉王はその養子。誉王が倒れれば言家は無風ではいられぬ。お家の大事じゃ我ら二代は靖王におつき申そう」。しかし、疑り深い皇帝から見れば、「謀反に加担した皇后の兄」なんて抹殺したいだろうに。一緒に立てこもったら内から刺されるとか思わないのだろうか。

とは思った。

皇帝と静貴妃

安徽卫视官方发布《国剧盛典2015》【歌曲《红颜旧》刘敏涛】【安徽卫视官方高清】

まあ、皇帝が諸悪の根源だ。

一対一で対面した林殊に見下されて、うぉーとなっていたのだけれど、あのあとどうなったのか。

ラストシーンで太子(もとの靖王)が帝位についているのだが、そのときもとの皇帝はどうなったのか。

陛下は体調不良である、として太子によって幽閉されたのだろうか。すでに執務の多くは太子が握っていたのだから政権移行は極めてスムーズにいったであろう。

太子の生母・静貴妃はもともと医女で林家から宸妃についてきた人だった。物語が始まるまでは、静嬪として静かに靖王と過ごしていて、日の当たらない妃嬪だった。少しずつ皇帝のそばに戻って行き、立太子の当時は貴妃にのぼっていて皇帝の薬を調合していた。登場時点では薄幸そうだったのに、実はなかなか肝の据わった人だ。もともと皇帝は体調が悪かったのだが、この人が皇帝のそばに戻るようになってから皇帝はどんどん体調を崩すように。

・・・母さん、盛った?

リヤン長公主

リヤン長公主。

皇帝の姉妹(同母異母問わない)が長公主、皇帝の伯母世代は「大長公主」になるんだそうだ。

そうか。曹操の娘、清河長公主だろうか。帝位にはつかなかった「曹操の娘」ではなく、初代皇帝・曹丕の姉妹だから「長公主」。

それにしても、気の毒だった。

蒙大統領=かわいい萌えヒゲ

かわいい!かわいい!なんて!かわいいんだ!

彼にはこれしか言いようがない。

「我是粗人。不明白了」(「拙者には学がないゆえ、分からぬ」くらいかな)の萌え萌えぶりである。何をしてもとにかくかわいいのがこの人だ。

蘇先生が自分の生存を知らせていた唯一の相手がこの人だった。

この人と蘇先生のもともとの関係がいまいちよくわからない。「蒙大哥」(蒙兄さん)「小殊」(殊ちゃん)の関係だし、ヒゲに白いものが交じるような年齢である。

蒙大統領は決して蒙古=モンゴルの大統領という意味ではない。

禁軍=近衛の隊長なのである。もともと赤焔軍に関係していたのは呼び方でわかる。謀反を起こした赤焔軍の関係者なのに、あの疑り深い皇帝がそばに置き続け、禁軍の隊長にしてしまう、とはどういうことなのだろうか。

年齢差やその後の態度を見ると、ひょっとするとこの人は林殊少年の子守をしていたのかもしれない。

蒙少年は林府の周辺にいて、腕が立つことと素直で愚直な性格を見抜かれて、林帥に息子の忠実な側近となるべく子守をさせたのではないだろうか。剣の手ほどきをしてやったりしたかもしれない。のちに赤焔軍に参加する前に、その腕自慢=高手と愚直な性格から皇帝に禁軍に引き抜かれたのだろうか。

それにしてもすごいネーミングである。蒙・・・。

三国志の呂蒙の「蒙」でもある。私は呂蒙という人物はなかなか好きだ。ただ、かなりひどい諱なのだ。「蒙」=くらい、である。字が「子明」で対になっているのだけれど。

この諱と字はまさしく呂蒙自身を表している。呂蒙は貧しく学がなかった。殺人を犯して孫策に「おもしろいやっちゃ」と取り立てられたという人物である。孫権に「勉強したら?」と言われて猛勉強をした結果、
魯粛:呉下の阿蒙にあらずや
呂蒙:刮目してみるべし
である。

つまり、だ。

蒙大統領=博多将軍みたいなものなのである。もちろん、ばかだ、とよむべきである。なお、私は福岡に住んでいたことがある。

霓凰郡主=イケメン郡主

郡主=王の娘である。

おそらく雲南に梁の衛星国のような国があって、そこが梁に投降したのだろう。太皇太后を太奶奶=ひいおばあちゃんと呼んでいたし、母方で梁の皇族に連なっていた人なのだろうか。現代では母方の祖母のことを「外婆」と呼ぶので太外婆かと思ったのだけれど。だが、太皇太后を母方のひいばあちゃんとする蘇先生も太奶奶と呼んでいたのでいいのだろう。

いずれにせよ、梁に投降しそのままその地の王に封じられた人の娘、としての郡主である。だから名前も「穆霓凰」で梁の皇族の「蕭」ではない。

本作で大変面白かったのがこの郡主の扱いである。あと、藤色やピンクのリップがとてもださい。(あの色は2015年の夏に韓国女子が来たときにもつけていて、とってもださかった)

ポスターでもあたかもこの人がヒロインであるかのように扱う。実際に蘇哲という偽名の偽名を使った林殊が郡主を見かけて過去への強い感情を引き起こしていた。だって、林殊の婚約者だったのだもの。

過去から蘇った男がいて、それがもとの婚約者と再会する。親の決めた婚約であったがお互いに憎く思わず、青春を共にしたと言っていい相手だ。そのもとの婚約者は未だ独身、となったら?

日本的な発想であれば、普通この二人をくっつけようとするだろう。韓国ならきっと蘇った男は結婚したもとの婚約者を手に入れようと夫を罠に嵌める、という物語であろうか。フランス映画ならば、蘇った男は女を再度手に入れるのだが、しかし二人は互いに変わってしまったね、と別れそうである。

2018江苏卫视跨年演唱会 刘涛《红颜旧》

本作においては、そうは問屋がおりないのだ。

蘇先生は確かにことあるごとに郡主との日々を思い出していた。郡主は蘇先生として現れた男がなにか気になる。顔かたちが違い、腕のほくろか痣も、胸にあるほくろか痣もない。筆跡も変わった。それでも「林殊哥哥、お帰りになったのですね」と抱きしめるから、蘇先生は認めざるを得なくなる。美しい宮羽(これがはんっぱない美女なの。演技の上手い深田恭子という感じだ。深田恭子もアフレコで声優に当ててもらったほうがいいかもしれない)に対して露骨に嫉妬して見せるが「何もない。忠実な部下」で終わる。それだけだ。

蘇先生が失ったものは剣術だけでなく、あちらも・・・?

最後、北に出征する林殊と南に出征する郡主は別れていく。「今生では一緒になれない。来世で会おう」と言うだけなのだ。そして宮羽は泣きながら郡主に一通の手紙を届けにやってくる。その手紙はもちろん林殊からの遺書だろう。しかし!ラストまで見た人は思うに違いない。靖王にも絶対遺書を残してるよね。そしてそれはめっちゃくっちゃ分厚いよね?って。

主役級では紅一点はこの人である。なのになんなんだ、この扱いは。

日本における紅一点の扱い

例えばの話。日本であれば。どらえもんにおいて、しずかちゃんが「のび太さんが欲しい」といえばのび太が夫になる。「出木杉さんが欲しい」といえば、出木杉くんが夫になる。

紅一点の願望・欲望は実現されるものなのである。

郡主の願望、欲望はストレートに「林殊が欲しい」である。だが、蘇先生ときたら指一本触れようとしないのである。彼が欲しいのは、靖王一人だ。

なんと新しいのであろう!

ただ?あれ?完全にBLである。

西洋における紅一点の扱い

西洋においては、多くの場合、「女の願望」が設定され、それが満たされる。そしてその「女の願望」とは大抵「あの男が欲しい」である。まさに、しずかちゃんが誰を選ぶか、と同じである。

女の願望が満たされない物語は、ランスロットとシャーロットのエレイン(ランスロットの周りにはエレインという名前が多い)など、大抵女の方が主役ではない。しかし、悲恋として扱われる。

アーサー王ものであれば、主役級のヒロインは唯一王妃グウィネヴィアであろう。この人の願望はランスロットが欲しい、であり、ランスロットはそれに答える。最終盤、二人の死に際はいろいろ説・版があるが、ランスロットは生涯グィネヴィアを愛するのが収まりが良い。悲恋物語であっても、二人は引き裂かれるのであって、主役格である場合、シャーロットのエレインのように一方的に振られる物語に覚えはない。振られる場合はシャーロットのエレインのように主役格ではない場合や、ヒール格である。

(シャーロットのエレイン、で通じなくても、「赤毛のアン」でアンが古い詩の真似をしてボロい舟に乗って横たわって本当に死にかけるんだけど、ギルバートに助けられる話があるのわかります?その「古い詩」がランスロットとシャーロットのエレインです。アンはエレインの死の様子を再現したかったのです。そうすると、ランスロット=ギルバートが現れた)

女の願望が「あの男が欲しい」でない場合でも、主役級であれば大抵満たされる。それは例えば、「ニーベルンゲンの歌」である。

前半、武勇を誇るブリューンヒルトの怒りによってジークフリートは死に(ブリューンヒルトの願望は満たされ)、ジークフリートの妻クリームヒルトはその報復を実兄に対して行う(クリームヒルトの願望が満たされる)。

シンデレラも白雪姫も眠りの森の美女も、見知らぬ王子に勝手に救われて、この男の妻になる。

そんな古い話にしなくても良い。

ヒーローものを思えばいいのだ。スーパーマンとロイス・レーンではいかがであろうか。ロイス・レーンの「あの男が欲しい」「救われたい」という願望は満たされる。007であれば、常にいる「ボンド・ガール」がまさしくそうではないか。

「あの男が欲しい」「男に救われたい」というのは男性側の設定した「女の欲望」であり、まさにマチズモの発露である。

マチズモから距離を置くことのできた「マッドマックス 怒りのデスロード」が新しかったのは、「あの男が欲しい」「あの男に現状を救って欲しい」という願望を設定しなかったことである。主人公フュリオサ(こちらが主演)にもなければ、5人の美しい妻たちにもない。もちろん鉄馬の女たちにもなかった。フュリオサとマックスはただただ協力関係にあるだけだった。

それでも、最後フュリオサはマックスの血液によって救われる。そうだ、フュリオサは男に救われるのだ。「マッドマックス 怒りのデスロード」ですら、マチズモから完全に離れることはできなかった。

しかし、本作においてヒロインである郡主は明らかにその願望が描かれるのにも関わらず、男も憎からず思っていたにも関わらず、郡主は決して満たされない。きっと蘇先生の性機能が

中国ドラマにおけるヒロイン

そういえば、「水滸伝」にヒロインはいるだろうか。女性メンバーはいる。人肉饅頭の店とか。しかし、ヒロインになるべき人はいない。

「三国志演義」ではどうだろうか。確かに呂布の貂蟬、劉備に対する孫夫人など、いないわけではない。(ただし、私は三国志演義はちくまの二巻まで手元にあるにも関わらず、劉備が嫌いすぎて一巻目で投げた)中国の古典的な小説といえば、あと四つある。「西遊記」「封神演義」「紅楼夢」「金瓶梅」である。(「紅楼夢」は岩波一巻の途中で放り投げたし、「金瓶梅」にいたっては手を出していない。)

「封神演義」もまたヒロインは不在である。確かに妲己がいるのだが、悪役である。なお光栄版でも読んでいるが、「封神演義」はミソジニーの気配が濃厚だと思う。

「西遊記」に至っては、妖魔以外に女の気配が全くなく、日本では三蔵法師に女優をあてる始末である。

これは東アジア的男尊女卑である。女は決して報われず、主役になることはゆるされない。

郡主はこの文脈の中にいる。しかし、自ら武器を持って戦う群主は、西洋のマチズモの中のフュリオサ並みにかっこいい存在だ。

もちろん、東アジアの儒教的男尊女卑と、西洋のマチズモを同列に並べることはできない。だが、むしろ西洋的文脈で育った私にとっては、大変新鮮であった。

最後の最後に頼れる女

しかし、現代中国はもう一歩先を行く。女の欲望を満たさない。しかし、それは否定されたわけでもない。何より、この郡主には物語の中で一番かっこいい役割が与えられる。

ピンチを助けるのだ。頼れる女、それが郡主である。

蘇先生がもとの副官を逃がした先は郡主のところだ。誉王の謀反を鎮圧しようと靖王と蒙大統領は奮戦する。しかし、囲まれた皇帝たちを救ったのは郡主であった。「霓凰がお救いに参りました!」というところでは涙が出る。なんてイケメンなんだ。

西洋の文脈においては、このような「最後に頼りになる」人とは男性であるべきだ。マチズモからもミソジニーからも比較的自由であったはずの「マッドマックス 怒りのデスロード」ですら、マックスにその役割を与えた。

中国は、郡主にその「最後に頼りになる人」の役割を与えた。

郡主が助けられるシーンは、一度だけ越貴妃によって郡主は薬を飲まされ、襲われかけたところに靖王がかけつけるところだけだ。しかし、郡主と靖王の間に特別な感情は生まれない。

もちろん、出発点が違うのだが、大変新鮮な描き方であった。

靖王=ヒロイン2号

後宮の手段

相手役は遅れてやってくる

中国ドラマにおいては、相手役は遅れてやってくるのだ。

考えてみよう。「ジャクギ」ではじめに出てきた第八皇子はジャクギの相手役ではなかった。途中まではジャクギに愛されていたけれど。第八皇子は結局、二番手くんですらなかった。二番手くんは第十四皇子である。(ああいう、大型犬の子犬っぽい男も大好き!今回なら戦英だ。戦英の番外編とか作ってくれないだろうか)

「宮廷の諍い女」においてはじめから出ていた皇帝はやっぱり途中まで甄嬛に愛されていたけれど、甄嬛の相手役は果郡王であり、皇帝ではなかった。

主人公の相手役は、遅れてやってくるのである。

本作の主役は蘇先生である。主役級で出てきた順は誉王、郡主、蒙大統領、そして靖王である。

最後に遅れてやってきた、靖王、彼こそが蘇先生の本当の相手役なのだ。

靖王こそ、本作のヒロインである。しかし、主役=蘇先生は勝手にこの人の欲望を設定しないし、勝手に現状を主役に変えて欲しがっている、ともしない。男と男の百合物語はなんと新鮮なんだ。

ただし、とにかく蘇先生は前半はとにかくストーカーを行うのであるのだが、これがすごく好きなシーンである。

靖王=アホ?

見ているこちらはネタがばれている。死んだはずの林殊=蘇先生である、と。だから、様々な手癖、あだ名などで、ここでばれるのか!と蘇先生と一緒にドキドキするのだ。

だがしかし。

靖王は蘇先生と同じ思い出を共有しながら、違う!とやる。本人に確かめるのだが否定され、母妃(靖王が借りて行った本が静妃に渡ったのだが、そこに蘇先生が母の名前を書いてしまったのでばれた)にも確かめようと、「後宮に上がる前に蘇先生の父と交流があったというがその名前は?」とドヤ顏で罠をかけようとするのだが否定され、挙げ句の果てに「蘇先生が林殊に見える。死んだはずのあいつに見える。私は気が狂ったのだろうか」とやる。この一連が本作最大の萌えポイントである。

見ているこちらは思うのだ。靖王はアホなのか!?

蒙大統領ではないが、あいつを皇帝にしようとしているが、蘇先生、大丈夫なのか!?って言いたくなる。

そして同時にこのアホっぽいところに萌えまくる。

靖王=現実主義者

靖王の側から考えてみよう。

あくまでも林殊は12年前梅峰で死んだのである。

7万の赤焔軍は殲滅させられた。確かに死体は出てこなかったが、死んだと考えるのが自然である。兄の祁王、林殊、赤焔軍は冤罪で死んだと信じている。だから冤罪であると奏上したが、そのせいで父の不興を買ってしまったのだ。「母も未だ嬪であり、31歳になっても未だ郡王にすぎない」今は激戦地に送られる捨て駒の将帥である。帰って来れればそれでよい。しかし、死んでも惜しくない皇子である。ただただ生き延びる、それだけが彼に課された使命である。

この人は目の前に出されたものを処理するのは非常に早い。言って見れば短距離走者だ。

12年を思えばそう生きるしかない。

誰が次の皇帝になるか、など考えたこともない。母の身分が低すぎてそんなものを考えることすら許されないのだ。太子か誉王か。いずれが皇帝になろうともただただ仕えるだけなのだ。もしも、冤罪で死んだ者たちの汚名を注いでやれるならそうしたいが、生き延びねばそれすらできない。

はじめはストーキングをされて、どんどん押してくる(なんと!寝室に!地下通路を!つなげられた!)ので大変不快だったのだが、謀士として使っているうちにいつのまにか蘇先生のことが気になってくる。

昔愛した林殊に重なってくる!

ああ!俺は発狂したのだろうか!

この流れは大変自然なことではないか。

なお、私は蘇先生にストーキングされて大変気持ち悪がっている靖王とか、静妃にドヤ顔で「その父の名は」と言うのに外されるときの呆然とした顔とか、「なんで、なんで僕だけ知らされなかったの?」とママに泣きつくところが大変好きだ。

いぢめたい

靖王=クソ真面目で融通の利かない男

私はこの国の行く末が大変気になるのだ。

靖王の副官の戦英さん(これまたeye candyである)をはじめ、靖王に仕える人たちは大変仕えるのが楽しそうである。顧みられない皇子の下につかされたのだ。死地に送り込まれ、帰ってこれるかわからない、そんな皇子なのである。それなのに、彼に仕える人たちは、「靖王の部下」であることに大変な誇りを持っている。

おそらく靖王は大変に公明正大なのだ。そして戦場で何度も死地を切り抜けてきた間柄なのだ。自らが不興を買うことがわかっていても、無実だと思えば声を上げてくれることだって期待できる上司なのだ。

こういう人を、義の人、という。

だがしかし。

上にも書いたように、彼には想像力が多少欠けている。そして融通が利きそうにない。軍人としてはそれはそれでいいのだが、この国は大変ストイックな男を皇帝に持ってしまい、大丈夫だろうか。誉王の方が幾分か緩そうなのだ。そして、この国には将帥が足りない・・・。なんといっても、この国で戦地をくぐり抜けてきた将帥は郡主と、この靖王なのである。

しばらく皇帝の親征が続きそうである。その裏で献王=廃太子一派のクーデターが起きないのだろうか。

個人的には、靖王のようなストイックで正論を押し通す、言って見れば青臭い男が好きである。

藺晨=謎のロン毛

本作は武侠ものなのか。それともいわゆるフィクション大河ドラマなのか。どう分類すればいいのかよくわからないのだが、武侠ぶりを体現するのが琅琊閣の主、藺晨=藺公子である。ロン毛なので以下、ロン毛と呼ぶ。

靖王は現実主義者であり、目の前に出されたものを信じるタイプである。
それに対してロン毛は異様だ。非現実である。

第一回で空中でくるくるやってるのだけど、物理法則を無視している。それが武侠ものというものなのだが。

で、その後。どうなったのだろうか。

1)勝手にジュリエット説

実はロン毛の薬は完成していて、蘇先生の体は丈夫になっていたのだけど、そばにいて欲しくて仮死状態にして誘拐した、とか。

ロン毛、「美人は最高の贈り物」とか言って女好きのようなふりをしていたけれど、実際には蘇先生のことが好きだよね?

上の方に「崖から落ちて生還するのは武侠ものの定番」と書いた。落ちた人と?救った人は?結ばれるパターンがあるよね。

あれ?落ちたのって林殊。そして救ったのって?あれ?ロン毛じゃないか!そうか。蘇先生とロン毛は12年間の間に夫夫(ふうふ)生活を送っていたのかもしれない。だったら蘇先生が郡主を振ったのも、靖王を振ったのもわかるではないか。

2)そもそも、ロン毛の見せた夢説

林殊少年は梅峰から落下し、瀕死の重傷でロン毛に拾われた。

しかし、ロン毛であっても助けることはできない。そこで、ロン毛は語ってみせた。林殊が蘇先生として金陵に戻り、仲良しの従兄の靖王を帝位につける物語を・・・。才気煥発であった林殊少年はロン毛との会話の中で物語をどんどん膨らませてゆく・・・。

これは無理がある。

第1話の冒頭、蘇先生が目覚めるのが琅琊閣だけれど、鳥が運んできてロン毛に北楚(?)の第六皇子が太子に立ったと報告されて、ロン毛が「そうか、やったか・・・」と感慨深げに言い、持ってきたものが「金陵に流しましょうか」というのに「よい。梁から祝いの使者が行き何があったかを伝えるであろう」と言っていた。そこから帰国した使者と誉王のシーンにつながる。そこでもうロン毛と蘇先生の罠に誉王が引っかかってるのだ。

この説はないな。

飛流=無双のショタ

もうね!かわいいの。呉磊くんが!

飛流と蒙大統領が腕を合わせるシーンとか、なんなんですか。なんで!私は!ショタと!おっさんに!同時に!萌えまくってるんですか!

しかし、この子は何かがおかしい。

もちろん本作はフィクションである。だから実際には撮影当時14歳か15歳の男の子が、やっていた役が8歳、というのは大いにあり得る。なんたって、この役はワイヤーで釣って釣って釣りまくられるのだ。実際にこの子を釣る必要はないのだが、8歳のスタントというのも難しい話だ。呉磊であれば、本人にできないアクションも小柄な女性スタントがこなせるだろう。

それでも、声を当てていたのがおそらく成人男性であったこと。亡き祁王の遺児とみられる庭生に対して「飛流哥哥に習え」と言うセリフがあること。やはり、呉磊同様、飛流は14歳から15歳くらいの少年なのだろう。

おそらく、この子は発達障害か何かではないか。特に言語の発達が著しく遅い。その代わりに腕は恐ろしくたつ。

飛流の背後関係は不明だったが、江左盟と一緒に作戦に出ていることもあるので、赤焔軍の関係の子弟なのかもしれない。

それとも、この子は捨てられたり非虐待児だったのかもしれない。

発達障害が原因で持て余され、口減しでご飯も与えられず・・・というところを蘇先生に拾われたら?蘇先生へのなつき方は異常なほどであった。

蒙大統領にも嫉妬を見せるが、蒙大統領は腕がたつので蒙大統領のことは実は大好きである。蒙大統領もかわいがってやった。しかし、蒙大統領は蘇先生の寿命が短いというときでも、飛流を引き取ろうとはしない。あれだけ腕がたつのであれば軍に入れても良さそうなのだが。軍で集団生活を送ることはできないと判断したのだろう。

靖王のことはかなり嫌っている。むしろあれは嫉妬である。蘇先生が唯一執着する人、それが靖王なのであった。

面白いと思ったのは郡主である。元の婚約者であり、郡主は今でも蘇先生のことが好きだ。蘇先生も憎く思わない。その設定であれば、郡主が飛流の機嫌を取ろうとしたり、飛流が郡主になつくというシーンがあっても良さそうなのだが。それが一切ないのである。

飛流が一番嫌っていたのはロン毛であった。考えてみればいい。ロン毛があらわれるときというのが蘇先生の体調が極めて悪いときだけなのだから。しかし、飛流とロン毛だけが軽功(飛ぶやつ)を使うことができる。後半、ロン毛が再登場してから、ロン毛は飛流をいぢめるのであるが、あれは虐めであろうか。むしろ、蘇先生亡き後の飛流を心配したのはロン毛一人だ。からかって追いかけ回すことで軽功を教えてやったりしたのだろうか。

世間を渡っていくことは大変なことだ。飛流のように、一芸が秀でていても何かが著しく足りない人間は、平均すればただの人であるにもかかわらず表の世界では生きていけない。だから蒙大統領はいかに飛流をかわいがろうとも、引き取るわけにはいかなかった。表の世界の林殊には世話をしてやれない。あの子は裏社会である江湖でロン毛か蘇先生の庇護のもとでなければ彼は生きていけないのだ。

あぶれてしまった者への優しさは江湖の方にあった。

飛流とロン毛、この二人だけがこの物語の非現実担当であった。そう考えると、この二人は存在したのだろうか、とも思えてくる。

蘇先生=ヒロイン1号

名前

この人の名前がいろいろと複雑である。整理しておこう。
生まれたときの名前は林殊である。しかし12年前の事件があり死んだことになっている。
現在使っている名前は江左盟の盟主=梅長蘇である。もちろん、梅=梅峰、長く、蘇る、である。

そして金陵へは「梅長蘇」としてではなく、さらに偽名の「蘇哲」として戻るのである。だから、蘇先生=Mr.蘇である。

蘇先生の皇帝の前での一人称が「草民蘇某」というのが大変慇懃な感じで好きだ。位がないから「草民」でそれ以外の何物でもないのだけど、彼が言えば言うほど、「おいこらぁ、てめえの支配なんぞ受けんわ」というのが本音なのではないかと思われくるから良い。

腕はからきしダメなヒロイン属性

武侠ものでは、命を永らえる代わりに何か能力を失う、ということが割にある。
林殊少年が失ったのは剣の腕だったようだ。

そしてひ弱な体力・・・。

あんたは後宮の小主なのかよ?と言いたくなるように、大抵誰かに腕を支えられるようにして歩いている・・・。本当にね、「宮廷の諍い女」の中に突っ込んできたいよ。

ヒロインでしょ、この設定!

そして優雅としか言いようがない美しい所作にはとにかく見とれる。スン・リーの所作も綺麗だったけれど(華妃の方が慇懃で好きだった)、スン・リーよりも、美しい。一切無駄がなく、それでいて優美なのだ。お茶を飲むシーンが多いけれど、「ジャクギ」のリウ・シーシーが嫉妬しそうなくらい、自然で会話の邪魔にならない・・・。

これにうっとりしなくて何にうっとりする!

やっぱり、蘇先生はヒロインでしょ。

正面から見ると演じている胡歌の体はほっそりとしているのだけれど、横から見ればかなり分厚い体をしている。冬のシーンも多く、着ぶくれたんだね、と思わさせられる。実際にはきっと!この人は!脱ぐと!すごい!(じゅるる)漢服だから足の長さとかがわからないのだが、洋服を着たときの手足の長さと頭の小ささ、すごいよ?

やっぱり、女優でしょ、胡歌。
台湾が多少あきれている。

大陸で選ばれた50人の美しい人のトップが胡歌でファン・ビンビンを抑え、飛流の呉磊も9位にランクイン。

また、「なんでヒロインが途中から消えるのか」というインタビューで胡歌は品を作りながら言ってるもの。「僕がヒロインだから」って。

それに対するのは誰がどう考えても靖王である。このヒロイン要素しかない男にストーカーされる、靖王もまたヒロイン要素しかない。

求めあうが断固として結ばれようとはしない二人・・・。ああ、なんと奥ゆかしく咲く二輪の百合なのであろうか。

右の目の上

胡歌は実際に顔面が一度崩壊している。右側の瞼をみると傷が残っている。カットによっては目立たないのだが、カットによっては非常にこれが目立つ。

他の作品では目立つようで目立たないのだ。メイクで隠しているのだろう。本作はこの傷跡が非常によく生きているのに、目立たせないカットが少なくないのが残念だ。

緻密な策略

蘇先生の策略は緻密で繊細だ。人の心理をよく捉えていて、夏冬の動かし方など見事としかいいようがない。それはよくターゲットを理解していて初めてできることでもある。多くの場合は策を誰かに授けて何かを行うのではなく、彼が行うのは誰かの背中を指一本押す、それだけなのだ。そううまくいくもんか、と言いたくもなるが、このキャラクターならそうするよねえ、と脚本は極めて自然である。メンツ一つのために罠にかかっていくところとか、蜘蛛の巣に向かっていかざるを得ない虫みたいだった。

しかし、自然であるがゆえに、ふと思う。
この人は剣の上に立っている。それが本作の面白さでもある。

目的と目標と手段の使い分け

蘇先生の目的と目標と手段、それは何だたのか。

本作は単純な復讐譚だったのか。

私は違うと思う。むしろ爽やかさすら残る本作は復讐譚ではない。爽やかさは奥ゆかしい百合ぶりに多大な原因があるのだが、それだけなわけはない。

蘇先生の本当の目的とは、何か。

それはより良い国作りなのではないのか。彼の視座はかなり高いところにある。単純に一族の汚名をそそぐのが目的であれば、どうして靖王の立太子、など回りくどいことをするのか。北楚を使って滅ぼしたっていいのだ。蛮族を扇動しても良い。それをしなかった。内部に入り込み、腐敗を切っていった。

腐敗を排除するために何をすべきなのか。それが目標なのだ。
これこそ、ストイックで公明正大な男、靖王の立太子と即位なのだ。

皇帝として理想の人は祁王だった。確かに靖王はそれに劣る。しかし、彼であれば、祁王の代役は務まるだろう、という信頼なのである。

祁王と林家、そして赤焔軍の汚名をそそぐこと、それは手段なのだ。これをきっかけに人をあつめ、これをきっかけにして人を動かしていく。それはやはり手段としか呼びようにない。

蘇先生は人を動かすときにこれを入れ替えて説明していく。

あたかも、目的が林家の汚名を注ぐことであるかのように。その目標が靖王の即位であるかのように。これが如実だったのが、誉王の謀反直前、静貴妃に正体がばれたことを知ったシーンだった。「静姨(静おばさん)、僕の顔は変わってしまったけれど、やはり林家の息子なんだよ」

同様に、江左盟の面々を集めるときにも同じようなセリフを吐いたのだろう。

蘇先生はなぜ彼女靖王に正体をばらしたくなかったのか

蒙大統領でなくてもそう思わないでもない。私も途中までは、なんで?なんで言わないの?と思っていたから。

靖王とは、クソ真面目な男である。林殊の副官救出作戦のときにはアリバイをつくってみせたりはするのだが、基本、腹芸ができない男である。

そして靖王とは義の人である。

自分の不利益を差し置いて誰かのために尽くす男だ。目の前に現れたのが林殊本人であると知れば、靖王は赤焔軍の名誉回復を第一に掲げてしまう。それは蘇先生の目的ではない。ただの人集めの手段でしかないのだ。だから、靖王を太子にしてからでなければ知られてはならなかった。

わがままな男・勝手な男

蘇先生という人はかなりわがままで身勝手な男だ。

林殊の理想とは、祁王が皇帝であり、その弟である靖王と、祁王とは父方でも母方でも従弟である自分は皇帝に忠誠を誓う存在であるという関係性だ。

靖王は林殊の思い、理想を押し付けられてしまった。しかも、林殊本人が国内をガタガタやった直後に出征して勝手に死んでいく。なんと、わがままで身勝手な男なのだろう。そしてそれを受け入れる靖王・・・。なんと哀れな。泣ける。

蘇先生と靖王は、本当におしとやかで奥ゆかしい。BLではなくて百合、というのはそういうことなのである。

ああ、日本語字幕での放送が楽しみすぎる。

ちらつく影

「楊家将」の影

蘇先生を演じた胡歌、萌大統領蒙大統領を演じた陳龍が揃っているせいでもあるのだが、この物語は「楊家将」によく似ていると思った。原典の日本語訳はでていないので、映像作品しか見ていないのだけれど。「少年楊家将」では、主演の胡歌の演じた六郎よりも、陳龍の五郎が一番好きだった。そうか、あの頃から萌大統領の罠に私はかかってたのだな。

本作とはアウトラインが少し入れ替わるのだが「はめられた楊家・生還した六郎・六郎の婚約者の柴郡主・死んだ兄弟たち」である。六郎が生還して「楊家将」の第一段階が終わる。だが、楊家が完全に潰されたとしたら?本作の出発点がここにあるのではないかと思う。

だから「はめられた楊家・六郎は生還するが家は潰されている・柴郡主・死んだ仲間たち」となって「はめられて潰された林家・長男が生き残った・勇ましい郡主・死んだ仲間たち」の物語だ。

「三国志」の影

蘇先生=周瑜

私は周瑜・孫策の断金の契コンビが大好きである。いつの間にやら「ストーカー周瑜少年と孫策少年」というのが私の中で固定化されている。多分「コードネームは孫中山」のラストシーンのせいだ。どう見ても周瑜少年と孫策少年だったもの。私の脳がおかしいのは認めるけれど。

蘇先生は前半靖王をとにかくストーカーしている。私はここが好きで好きでたまらないのだが。ここが孫策少年を籠絡する前の周瑜少年っぽい。

事実、周瑜少年が孫策少年に会うために長い道のりを旅したように、病気療養として蘇先生は遠路金陵まで戻ってきたではないか。誉王のため、とみせかけ、彼は靖王のために戻ってきた。

一緒に育った林殊と靖王だが、その様子も周瑜と(周瑜によって籠絡された後の)孫策みたいだ。

同時に、林殊=蘇先生の中では死んだ祁王が非常に大きい存在になっている。12年の苦労の中で美化されてしまったのだろう。

今度は孫策没後の周瑜がそこに重なって見える。

祁王=孫策、林殊=周瑜、靖王=孫権である。

さっさと死んだ孫策、血を吐いて大暴走ののちに勝手に死んだ周瑜。その彼らの死んだ後の孫権は大変だっただろう。酒量が増えるというものだ。孫権の酒宴はなかなか大変なものだったというのは史実だ。

クソ真面目すぎて毒をあおるしかなかった祁王と孫策、ことあるごとに喀血していたし勝手に出征して死んでいった林殊と周瑜、、残された生真面目な靖王と孫権が重なってしまう。

特に最終盤に蘇先生はキャラクターが壊れたか?と思うほど大暴走して靖王が待て待てと手綱を引いた。そこが、最晩年の周瑜の血を吐きながらの「劉備め荊州を返せ。益州を俺がとってきてやるからそっち行け。俺は馬超と組んで曹操を討つ・・・」の大暴走にも重なるのだ。

ま、そういう人は少ないと思うけれど。

蘇先生=諸葛亮

ただし、ひょろっとした(胡歌の演技のおかげ。厚みのある体も着膨れのせいに見えるもの)蘇先生だが、ひょろっとしていて奇策を出す男、といえば。

諸葛亮である。

そういえば、諸葛亮は琅耶郡の人であった。ひょろりとしていたし、まさしく蘇先生である。

しかし、もう一人背の高い男がいた。ロン毛である。
諸葛亮という人は、実在の人物であったし、なかなかの策略家であった。しかし、同時に様々な伝説の持ち主でもある。

伝説の方が琅琊閣の主人、ロン毛に重ならないだろうか。

人間・諸葛亮=蘇先生
伝説の諸葛亮=ロン毛

のように見える。

「封神演義」の影

「史記」の斉世家を読んでいたのだ。斉の国は太公望・呂尚が封じられた国である。斉は琅耶までである。

!!!!!!!ロン毛!!!!!!

ならばわかる。

飛流は哪吒(=三太子)である。だったらロン毛は太乙真人だ!

だったら、飛流が多少アレなのも致し方あるまいし、最後にロン毛だけが飛流を回収しようとしていたのも、それは彼が製造者だからだ。

そうか・・・。ロン毛が太乙真人なら、太乙真人もきっと・・・

そうすれば、
呂尚(太公望)=蘇先生
武王=靖王
黄飛虎=蒙大統領

伯邑考=祁王
文王=林帥

紂王=皇帝&誉王
妲己=誉王の生母玲瓏公主
聞仲=夏江

かっちりとはまるではないの。だから、蘇先生は「より良い政治」をしたい、なのだ。ほらほら、いわば「封神演義」って武王による父と兄の仇討ちの側面あるじゃない。

周公旦がいないけれど、これは郡主?言候?紀王?

まさに殷周易姓革命だった!封神演義をやってたわけだよ、この人たち。

だから、靖王がおばかさんなわけはないし、飛流が軽功が使えて無双なわけだ。

本作が見事なのは、妲己=玲瓏公主をそのまま出してこなかったことだろう。ネット小説では「般弱」ではなく「般若」なのだが、こちらは妲己っぽさが強い。ドラマの般弱は妲己っぽさが少ない。なかなか一途な人ですよ。

個人的に夏江の額がぱっかーんと開いて三つ目の目が出てくるシーンが見たかった。

「シャーロック」の影

実は生きていたのに死んだふりをして、死んだと思い込んだ恋人が憔悴しきっていくではないか。

まさに「シャーロック」のS3E1ではないか。シャーロックが目の前で墜落死してジョンはとにかく憔悴していた。アンダーソン一人が「ホームズは生きている!」とかやってて。実はマイクロフトもハドソン夫人も、レストレードまでホームズが生きていることを知っていたのに、ジョンだけは憔悴しきっている。モリーも知ってたしね。

これが靖王の「どうして?どうして僕だけ教えてもらえなかったの?」に重なったのだ。靖王は蘇先生を一発ぶん殴って良かったのだが、目の前でぶっ倒れられたらぶん殴るわけにもいかない。

「史記」の影

この祁王の死をもたらした影に滑族がいた、というのは「晋世家」である。太子申生が驪姫の罠にかかり、父王の毒殺未遂の犯人に仕立てられた。申生は申し開きをすることもなく死んでしまう。まさに祁王と滑族である。晋はその後、申生の弟の重耳が長い遍歴ののちに帰国して王になる。

次は趙世家である。趙氏孤児の話だ。孤児=趙武が庭生だ。わたしは趙武を守って最後に死んでしまう程嬰が、最後に勝手に死んでしまう蘇先生に見えた。

私が似てるなあ、と思ったのは蘇先生=孟嘗君である。食客をかかえていて、函谷関を通るときに鶏の鳴き声を・・・の人である。蘇先生と江左盟がそのように見えた。

Amazonで動画が出ていることも。

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残念ながらディスクにも中国語字幕はなさそう。

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コメント

  1. […] 「琅琊榜」の続編。 […]

  2. […] 「琅琊榜」や「諍い女」を見ていて気づきました。本当に、中国語って、人間関係を人称でバシッと決めてきますね。 […]

  3. […] 「琅琊榜」の誉王殿下こと黄維徳がかつて周瑜をやっていたときき、これは仕方あるまい・・・と見始めました。演義の劉備が嫌い。関羽は爪が長いのがキモい。曹操は結構好きなんだけど、「諍い女」の皇帝の俳優さんなのですよ。いやだー。こんな曹操、いやだあ。というわけで、赤壁大戦・荊州争奪を経て、周瑜の死まで。 […]

  4. […] 「らんやーばん」でびっくりしたんだけど、中国ドラマの特徴って、悲恋が多く、ヒロインが報われないことが少なくないんですね。特に、初恋の人とは結ばれない。らんやーばんはBL(誉王を愛しても太子報われなかったよね)のネット小説が原作ですが、靖王(戦闘シンデレラ)を救って梅ちゃんは去る。 […]

  5. […] 「琅琊榜」には、BLを隠すための郡主がいたけれど、本作もあの構図です。しかしながら、みんな郡主どころではない攻めっぷりです。伏皇后はかっこいい攻めだし。唐王妃も攻めだったし、曹節(曹皇后)はいじらしく。最終話の兄妹の玉璽ドッジボールは大笑いだったけれど、史実では夫の献帝が兄の曹丕に禅譲したときに、妹の曹皇后は玉璽を使者に投げつけた話は残ってるので、まんざら変な演出でもないです。 […]

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