香港警察気鋭の捜査官ドンは、ある犯罪組織に密告者を送り込み内偵させたが、組織を追い込む寸前で正体がばれてしまい、密告者に瀕死の重傷と再起不能のトラウマを負わせてしまう。 それから1年、ドンは深い罪の意識を背負いながらも、台湾から帰ってきた凶悪犯罪者バーバイの動向を探ることになり、新たな密告者として出所間近の青年サイグァイに白羽の矢を立てる。 若くして数々の罪状で投獄されていたサイグァイだが、親の遺した借金のカタに最愛の妹がヤクザに娼婦にされている事実を知る。 妹を救う金を作るため密告者となる決意を固めたサイグァイは、バーバイと彼の情婦のディーに近づき、天才的な運転技術を見込まれ、雇われることに成功、組織に潜入。彼らからの信頼を得た彼は、そこから得た情報をドンに伝え、警察はバーバイ包囲網を築いてゆく。 しかし、そこから先で待ち受けていたのは、余りに苛酷で壮絶な道だった…。
綫人 The Stool Pigeon 2010年
感想
監督はダンテ・ラム (林超賢)。
本来であれば、本作は香港映画得意の「男の物語」になったはずだ。ジョニー・トーであれば、感傷的に(私にはのんべんだらりと見える)描いただろうが、ダンテ・ラムは終始抑えめに物語る。そのせいで物語が後半にかけてどんどん締まる。ただ、前半はのんべんだらりとしてしまっていたのが惜しい。
ドン役のニック・チョンは「良い人」っぽい風貌をしている。「コネクテッド」でもそうだった。「エグザイル」でも「良い人」カテゴリーに入ったような気がする。それは彼の目のせいかもしれない。今回は眼鏡をかけるので目をみることができない。そのせいで「良い人」というよりも悪人に見える。ただ、彼の行動はかなり意味不明で、妻の死から自殺未遂を起こし、そこからサイグァイを、という部分はいらなかったようにも思う。むしろ、妻の話を削ってしまい、グイ・ルンメイとニコラス・ツェーに焦点を絞って、ドンは狂言回しに徹すれば物語はもっと引き締まったと思う。
ニコラス・ツェーはいわゆる悪役をしたことがあるのだろうか。今回も「いつも警察に追われている」が、根は悪くはなく、ドンとディーに引きずり込まれる哀れな男だ。アーロン・クォックやドニー・イェンのような比較的「熱演型」の俳優だと思っていたのだが、今回は押さえ気味の演技が良かった。
本作で熱演したのはグイ・ルンメイだ。本来であれば、本作は密告者と刑事の「男の物語」なので女優はいわゆるお飾りの「花瓶」でいれば良い。やろうと思えば、「ドック・バイト・ドッグ」のように、「哀れな女」でも良かった。イメージだが、ジョニー・トーであればラストは虫の息のディーが見つかる、程度っぽいし、ジョン・ウーであれば、ディーは割に早く死ぬのではないか。生き残るのはむしろサイグァイ。サイグァイの腕の中でディーが死に、そこからサイグァイの怒りの拳が炸裂する、かな。それでも十分成立する。
けれど、ダンテ・ラムとグイ・ルンメイは手を抜かない。不思議系美少女でも悩める少女でもなければ、潔癖性でもない。今度のグイ・ルンメイは度胸のある女だ。透明感のある優等生ではなく、タバコをふかし、目には紺色のシャドウを塗ったくる。金塊を奪い、大して好きでもない男と逃げる。絵の具の代わりに、腕を切られて血にまみれてぎゃーぎゃー泣きわめき、廃校の椅子でヤクザをぶん殴り、ガラスで男を刺す。「キスしたい?」と聞くかわりに、好きでもない男の口を吸う。だからこそ、ニコラス・ツェーの抑えめの演技が効いてくるし、物語はディーの裏切りから熱を帯び始める。
ディーはほとんど死ぬ気で裏切ったのだろう。「どうせどん詰まりの人生なんだ。あたしを裏切った男に最後に一泡吹かせてやろうじゃないの」それくらいのつもりで喜々として裏切ったのではないか。「あたしに賭けない?」そう持ちかけてもいい返事のなかった男が相棒だ。どん詰まりもいいところだ。下手な監督だったら裏切りのシーンでディーに喋らせるだろうし、きゃははと笑わせただろう。「ワン・ナイト・イン・モンコック」のセシリアならばぺらぺらと隠れ家で喋っただろう。それでもグイ・ルンメイはほとんど無表情で逃げる。余裕なんかない。それが現実。
ディーとサイグァイが隠れるバラックだが、香港にあんな場所があるのだろうか。どの近辺だろう。ただ、観光客が近寄るべき場所ではないだろうなあ。