ラストエンペラー 3D

公開日時 作成者 satoko

原題:The Last Emperor
監督:ベルナルド・ベルトルッチ
出演:ジョン・ローン,ピーター・オトゥール,坂本龍一
1987年 イタリア 中国 イギリス

あらすじ

ハルビン駅に戦犯が集められ護送されていた。その中のある男は「陛下」と呼ばれ、同じく戦犯たちからの拝礼を受ける。男は洗面所で自殺を試みた。男は共産党員に救われ「生きて罪を償え」と言われるのだが、幼少の日々を思い出す。西太后に皇帝に指名され、両親から引き離されて紫禁城で育った。即位の時にもらったコオロギを入れたツボ。

愛新覚羅溥儀。男は戦犯として自己批判を強要される。厳しい尋問官を尻目に溥儀を救った共産党員は政治犯収容所の所長は一冊の本を広げた。溥儀の家庭教師だったジョンストンの記した「紫禁城の黄昏」であった。溥儀は思い出す。弟・溥傑との出会い。乳母と無理やりの別れ。乳母はただの乳母ではなかった。僕の胡蝶。先帝の妃達を母と呼ばねばならない苦痛。

溥儀は身の回りのことは自分では何もできない。所長は溥儀を弟・溥傑や侍従たちと引き離す。

溥儀は思う。ジョンストンとの日々。溥儀は自分が退位させられたことすら知らされなかった。紫禁城の中では万年皇帝。外を見ることすら許されない。初めて乗った自転車。アヘンに溺れた母の自殺。母が死んでも紫禁城に幽閉された溥儀は母に会いに行くことすらできなかった。紫禁城での日々は舞台だ。終わることのない舞台。宦官たちのいうがまま。ジョンストンにすすめられたメガネ。皇后と貴妃を娶る。皇后・婉容に溥儀は夢中になる。溥儀は改革したかった。婉容を連れてオックスフォード大学に行きたい。全ては夢物語だ。溥儀にできたことは自分の辮髪を切り、中華民国の軍の力を借りて宦官たちを追い出すことだった。

溥儀は紫禁城を追い出される。ジョンストンのつて頼ってイギリス大使館に行くはずだったのだが、溥儀を受け入れる準備をしていたのは日本だけだった。同じく皇帝のいる日本。溥儀は天津でヘンリーと名乗ってプレイボーイを演じた。全ては清国再興のため。婉容はエリザベスと名乗って天津での生活を楽しんだ。イギリスに行こう。しかし、自己の芽生えた貴妃は離婚を申し出る。「西洋では一夫一妻。婉容は妻。じゃあ私は?」溥儀は離婚を拒否しようとしたが、貴妃は天津の日本大使館を抜け出した。

尋問官は日本との関係を正そうとする。日本軍に拉致されたのだ。そういいはる溥儀だが、ジョンストンは「紫禁城の黄昏」で異なることを書いていた。「溥儀は自らの意思で満州へ赴いた。溥儀は清国を復興させようとした」それらは全て反革命である。そうだ。溥儀は認める。満州は未だに我が領土であった。そこで即位し、日本の力を借りて清国を再興させる。それが目的であった。

皇后・婉容は満州に赴くことに反対だった。東方明珠(川島芳子)によって阿片中毒に陥る。溥儀が日本の天皇の招きにより東京に向かうが、皇后は連れて行かない。帰国すると大臣は国防大臣以外全て入れ替えられていた。溥儀は日本と対等の関係を目指そうとする。しかし満州国の実力者・甘粕大佐は溥儀を軽くあしらう。皇后は妊娠していた。「相手は満州人よ。あなたを裏切ったの」溥儀はそれを無視して「満州国には後継者が生まれる」といいはる。甘粕大佐は皇后の子供の父親の名前を記して見せた。溥儀は子供の父親、運転手を射殺。それからは甘粕大佐のいいなりになるしかない。

婉容は子供を出産。しかし子供は殺され、溥儀には死産だったと伝えられる。婉容は病院に送られる。溥儀はかつて乳母を追ったように婉容を追いかけるが、救急車は止まらない。そのうち、日本は降伏した。満州国もおわりだ。甘粕大佐は自殺。東方明珠は呆然としている。溥儀は日本に逃げようとするのだが、そこに婉容が戻ってきた。阿片中毒の症状が現れ、気の狂った婉容は満州国の人間に唾をかけてまわる。甘粕大佐の屍体にも、東方明珠にも。そして溥儀にも。溥儀は婉容を置いて飛行機に乗るが、パイロットは逃げ、溥儀はソ連の手に落ちた。

溥儀は人前で所長の前に呼び出された。特赦により、出所することになったのだ。思想改造に成功した。「私は君よりも長くこの刑務所にとどまることになるんだ」所長は笑顔で溥儀を送り出す。溥儀は植物園に職を得ていた。しかし、文化大革命の中、紅衛兵による晒し者の中にあの所長がいることに気づく。「なぜなんだ。この人は先生なんだ。とてもいい先生なんだ」溥儀の抗議は聞き入れられない。

溥儀は紫禁城に行く。かつて自分が座った玉座に座ると、守衛の子供が注意する。「君はここに住んでいるのかい?僕も住んでいた。証拠?今見せてやろう」玉座からコオロギのツボを出して子供にやる。

何も知らない観光客は騒がしく紫禁城を訪れる。

レビュー

カンヌで3Dでお披露目され、3Dディスクも出ているらしいが、当然のことながら対応した機器を持っていない。香港映画祭で3D上映ということだったので見てきた。

ツイ・ハークならにゅううううっと出させそうなのだが(「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」を3D処理しないかなー)、飛び出したり奥行きはあまりひどい処理ではなかった。クリアで溜息の出そうな紫禁城の様子だったのだが、デジタルリマスターをかけた、というところに意味があるのであって、3Dであることにはあまり意味はないのではないのかと思った。

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3Dメガネは「自分の持ってきてね」ということだった。HKD20のデポジットを払い、めがねを借りた。この日はドミ泊まりでコンタクトを取り外すのに時間のかかる私はメガネだったので初めてメガネオンメガネであった。そういう不快さも気にならなくなるほど、面白かった。

舞台は中国なのに完全な英語作品である。もしも「覇王別姫」が英語であったら。レスリー・チャンは吹き替えずに自分でしゃべることができただろう。作品もレスリーももう少し違った扱いを受けたかもしれない。しかし、本作は中国語でされるべき西太后の発話も宦官も乳母も全て英語。皇后も貴妃も東方明珠も美人ぞろいではあるけれど、アジア好みの美人というよりも欧米好みの美人。まさにオリエンタリズムまるだしである。「ラスト・サムライ」と「ラスト・エンペラー」どちらがオリエンタリズムが強いだろうか。「覇王別姫」が英語であったら。レスリーの名声は世界規模になったかもしれない。しかしレスリーは同時にオリエンタリズムにレイプされるわけで、あれはあれで良かったのだと、そんなことをぼうっと頭の片隅で考えながら見ていた。

なぜって、主演のジョン・ローンは「覇王別姫」でレスリーと蝶衣役を競った人だったから。レスリーで当て書きされた原作だったが、レスリーの起用までにすったもんだあって、一度はジョン・ローンに決まったのだけれど、最終的にレスリーで行くことになったという。
レスリー・チャンが程蝶衣を演じるのは運命 《覇王別姫》のたどった紆余曲折(下) その1

ふっとみると、ジョン・ローンの丸顔とレスリーの丸顔はなんとなく似ている。そしてその目。ジョン・ローンは知的で鋭い。実際の溥儀という人物がどうであれ、本作を通して感じたのは「そこそこ知的でそこそこ意識的でそこそこ意欲的であったにもかかわらず、情報を遮断されて育ってしまった男の悲劇」であった。中途半端に賢いことの罪深さを思い知らされる。後世から見れば、日本の力を持って清朝の復権などありえない。日本から帰国した後の溥儀なんて滑稽そのものだ。考えることなく、引き回される収容所所長に向かって「He is my teacher. He is a good teacher.」なんて言ってしまう。それは溥儀が中途半端に知的で中途半端に打算的だったからこその悲劇なのだ。偉大なる父祖と異なり、溥儀は中途半端だった。なぜなのか。幼少より紫禁城に閉じ込められていたから。溥儀にとって、全ては舞台でしかない。

レスリーの目は鋭くもなれるけれど基本的に柔和。計算しつくした人だけれど、その計算は天才的な嗅覚のようなものが前提にあってのもの。いわば、レスリーとは感性の人だ。仮にレスリーが溥儀を演じたならば、計算しようとして計算を間違えた男ではなく、考えることを放棄して感性に溺れた男として表現したかもしれない。全ては舞台。毎日紫禁城で演じられる舞台。それは悲劇なのか。操り人形でありたくなかった溥儀の悲劇が成立しなくなってしまう。

感性の蝶衣はジョン・ローンでは成立しない。舞台と現実の差がつかなくなった蝶衣は理性の人ではない。結局「ラスト・エンペラー」も「覇王別姫」もあるべくしてあった。

最近清朝宮廷もののドラマにはまっている。辮髪の王子さまもいけるんだと知った「ジャクギ」。そして女の欲望という欲望を描く「宮廷の諍い女」。絢爛豪華な衣装が見どころの一つだが、やはりテレビのチープさが残り、本作には負ける。皇后と貴妃の髪型。先帝妃たちの真っ白なメイク。乳母の髪型。(そういえば、諍い女で皇后付きの女官の剪秋の髪型はこの乳母の髪型風)おすべらかし風の浩(嵯峨家出身の溥傑夫人)の髪型。

香港の観客はノリがいい。客席はほぼ満席。笑うべきところで笑ういい観客だ。レスリーの「白髪魔女伝」と異なり、オープニングでは拍手はないがエンディングでは拍手喝采であった。

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