1942年、日本占領下の上海。抗日運動に身を投じる美しき女スパイ、ワン(タン・ウェイ)は、敵対する特務機関のリーダー、イー(トニー・レオン)に近づき暗殺の機会をうかがっていた。やがてその魅力でイーを誘惑することに成功したワンは、彼と危険な逢瀬を重ねることに。死と隣り合わせの日常から逃れるように、暴力的なまでに激しく互いを求め合う二人。そして、二人のスリリングで危険に満ちた禁断の愛は、時代の大きなうねりの中で運命的なラストへとなだれこんでいく–。
原題:色・戒 Lust, Caution 2007年
感想
監督は台湾出身のアン・リー(李安)。
二時間半という長さなのだが、ちっとも退屈しない。強いて言えば、日本で売りにしていたはずの性愛シーンがちっともエロくないところか。
計画の稚拙さ
暗殺計画ははじめの香港のみならず、上海でも稚拙だ。おそらく、イーは端からチアチーの正体について感づいている。
まずは、「有閑マダム」のはずなのにちっともマージャンが上手くないことだ。「女にはマージャンしかございませんもの」というならば、上手くなるだろう。相手はイーが飛び入りで入った席で上手くパイを回してやって「マイ夫人」を勝たせてやれるほど弱い有閑マダムたちだもの。これだけで妙だ。次は上海でも何度か映ったのだが、口紅がべったりとついたカップだ。これに関しては、日本では普通指でぬぐうが、中国ではどうなのかがわからないのだが。ただ、何度もわざとらしいほどべっとりとしたカップが映されていたから、マダムではないことを示しているのだろう。
上海ではイーはチアチーに車内で言っている。「われわれの仲間を刺殺した連中を捕まえた。」「一人は殺し、一人は尋問しようと連れて帰った。私が降りたら死んでいた。頭が割れていた。半分ないんだ」というのは愛国劇団一味のことだ。夫役だったでぶさんは死んだようなのでどちらかが「マイ氏」だろう。「知っているんだぞ。それでもそのまま何かを続けるのか?」というところだろう。それが、自分の暗殺計画とまで知っているかはわからない。
また、上海で愛国劇団はチアチーにわかるほど露骨にシュウチンやリャンがチアチーの周囲にいる。スパイマスターのイー、もしくはその周囲が気づかないはずはない。幼稚だった香港でならなおさらだ。貿易商という「マイ氏」だが、実体の有無はすぐにわかるだろう。「マイ夫人」に惹かれたからこそ、すぐにイーは香港を離れたのだろうか。
愛
それでも、イーは再会したチアチーを側に置いた。どうしようもないほど惹かれたのだろうか。「すべてが三年前とは違っている」というのはどういうことなのだろう。危険に麻痺してしまい、生きているという実感がなくなったのだろうか。だから敵側の女をいたぶるだけいたぶり、その女に自分にとってもっとも恐ろしい暗闇に突き落とされいたぶられるのだろうか。どのみちアメリカの参戦で日本は負ける。イーはそれがわかるほど聡明だった。ならば、自分の末路もわかっていただろう。イーは戦争を生き延びたとしたら中国側に処刑されただろう。どの道死ぬのならば、惹かれた女の手でという思いもあっただろうか。
チアチーはイーを愛したのだろうか。愛したのはユイミンだろう。自分に触れることもなかった男だ。その男のために別の男に身を投げ出し、身を投げ出したイーに心の中にまで侵入される。
ユイミンはどうなのだろう。それなりにチアチーが好きだっただろう。チアチーの気持ちを知っていただろう。知っていて利用しただから上海ではいつもすまなさそうな顔をしているのだ。「崇高な」思想のために愛を犠牲にする、それが頭で考えるだけのユイミンの限界なのだろう。すまないと思うからこそ、チアチーに手を出さないのだろうか。チアチーに禁欲することとチアチーを差し出すことがトレードオフになっていたのだろうか。女から見れば、こんな男のために死ぬことになったチアチーは報われない。そんな価値のない男だった。
ワン・リーホン
ワン・リーホンが出た段階で、ああ、この一味は失敗するなあ、と思った。一見かっこいいし、頭もよさそうなのだが空論だけだ。。チアチーが好きだし、チアチーの気持ちも知っているくせに、チアチーが「練習」するときにも相手ができない腰抜けでもある。そういうキャラクターにはまっていた。演じていた、というよりも、いわば、半径10メートル限定のフェロモンで人を惑わせるが、遠くから見ればまるで駄目、そういう人のもつ雰囲気を非常にうまく出していた。これは演出のなせる業だろう。
タン・ウェイ
確か公開本作は当時激しい性愛の、で売っていたような気がする。トニー・レオンが脱ぐのは中華系俳優として当然なので構わないが、中華系女優、しかも大陸の女優のタン・ウェイが脱いだ、というのは画期的であった。それもなんでこの映画でその角度で?というような下の毛まで見えるというサービスショット(?)満載なのである。腋毛ぼうぼうなのは当時の中国の風俗に従ったのだろうか。しかも一切手を入れてない、というようなナチュラルさ。乳首が長いのは仕方がないが、黒いままというナチュラルさ。日本だったら「清純」な役なので色を薄くするために塗るだろう。現実には乳首の色と清純さは関係しないし、タン・ウェイは地黒なので黒いだろうが、妙にリアルであった。ただ、体位は中国雑技団ですか?というほどアクロバティックであれでは互いに痛いだけだろう、と思った。よくやる。
デビュー作で大胆に脱いでしまったのだが、「セクシー」ではまったくない。むしろ、あどけなく純朴なので余計に暗殺計画の無謀さを強調してた。その後タン・ウェイは「捜査官X」まで見ていないのだが、セクシーというよりは純朴な女優のままだ。なんとなく、シュー・ジンレイっぽい。演技力も抜群。ただの香港の女子大生としてのおぼこさ、上海での貧しさ、「マイ夫人」として愛と戸惑いと。たまにタヌキに見えるのだが、化粧するとなかなかきれいだ。
記憶に間違いがなかったら、この人は親日スパイを愛してしまう、しかも大胆な性愛シーンを繰り広げた、というので中国ではバッシングされてしまったのではなかっただろうか。なぜそうなるのだろう。最後にチアチーのせいで暗殺計画が露呈してしまうからだろうが、叩くならば親日スパイを演じたトニーの方だろうに筋が違う。
クー・ユールン
「練習」相手のリャンだが、「台北の朝」のオレンジのギャングだった、クー・ユールン。軽くて愛しようがなくて、こんな相手が練習相手だなんて、というところ。今回もちょっと捕らえようがない人だった。「練習」の最中の「慣れてきたね?」「そんな言い方しないで」「ごめん」の会話がグッジョブ。