「メディア良化法」が施行され30年が過ぎた、架空の日本を舞台に、本を守るライブラリータスクフォースの戦いを描く。
原作は有川浩。原作の甘々ラブコメが好きで好きで。
ところが見に行かなかったんだな。行かなくてよかった感はあります。
図書館戦争
正化31年、 あらゆるメディアを取り締まる法律「メディア良化法」が施行され30年が過ぎた日本。公序良俗を乱す表現を取り締まるために、武力も厭わぬ検閲が正当化されていた。そんな時代でも読書の自由を守るため、その検閲に対抗すべく生まれた図書館の自衛組織「図書隊」に笠原郁(榮倉奈々)が入隊する。高校時代に読みたい本と自分を助けてくれた図書隊員を“王子様”と憧れての入隊だった。ところが、担当教官の二等図書正・堂上篤(岡田准一)は事あるごとに厳しく指導をする鬼教官で、郁の憧れの王子様図書隊員のことも「あさはかで愚かな隊員だ」とバッサリ。激しく反発する郁だが、堂上は厳しく突き放しながらも絶妙のタイミングでフォローを入れつつ郁を育てる。そのツンデレ訓練のおかげか、郁は女性初の図書特殊部隊(ライブラリータスクフォース)に配属される。
2013年
感想
監督は佐藤信介。
原作の中では、熱血の笠原が「王子さま」が堂上と気づくところまで。もう少し言えば、小田原攻防戦まで。
見るところは岡田准一のアクションシーンだけで。
戦闘シーンは迫力がありますが、台詞回しに難ありなキャストばっかりだもの。榮倉奈々から石坂浩二まで台詞回しの下手のことよ。特に耐え難いのが田中圭。こんな小牧、嫌だよ。
ただし、身長の低い堂上と体の大きな笠原のカップルは、確かに岡田准一と榮倉奈々しかないかなとは思うんですけどね。あれだけ大きくて動ける日本の女優さんはなかなかいません。
図書隊の花こと柴崎を演じるのが栗山千明というのも良いキャスティングではあった。
エンターテイメントと、表現の自由の守り方とを実にうまくやったと思ったのね。
図書館戦争 ブック・オブ・メモリーズ
岡田准一、榮倉奈々共演大ヒット映画「図書館戦争」のスペシャルドラマ!映画のメンバーに豪華出演陣が加わり、さらにドラマチックに来るべきラストミッションへ向かう!!
2015年
感想
監督は佐藤信介。
原作では、耳の聞こえない少女と小牧の話。
原作をかなり忠実に作ってるのは事実だったかな。
ところで「茨城から出てきた親」って、そんなに遠い距離でもなかろうに。と思ったんですよ。日帰りできる距離でしょ?
図書館戦争 THE LAST MISSION
「昭和」から「正化」へと歴史を進めた近未来の日本。いまや国家による思想検閲や、メディア規制が横行する社会となっていた。そんな中、検閲に対抗し「本を読む自由」を守っている“図書隊”に所属する笠原郁(榮倉奈々)は、検閲で取り上げられそうになった大事な本を取り返してくれた憧れの図書隊員を追って入隊、図書特殊部隊(ライブラリータスクフォース)所属となった。鬼教官である堂上篤(岡田准一)の罵倒とシゴキに耐え、上官の小牧幹久(田中圭)、同期の手塚光(福士蒼汰)や柴崎麻子(栗山千明)らと共に厳しい訓練と図書館業務の日々を過ごしていた。そんなある日、堂上らタスクフォースにある指令が下る。
2015年
感想
監督は佐藤信介。
うーん。演出に面白みがないんですよね。水戸攻防戦のスローモーションと、音を消して手塚兄が車を転がすシーンが特にそう。手塚兄の非情さの演出なんだけどねえ。手垢にまみれすぎて、逆に安っぽく見える。
水戸攻防戦は3巻目でしたかね。
検閲されて出てきたものに触れてみると、こういう方向ではないんだろうなって思う
しかしながら、検閲大国の中国のエンタメに触れると、「武」だけで検閲に対抗することはないだろうなあという、いうのが2021年的な私の感想です。
手塚兄というわけでもないんだねえ。向こうさんも良化隊みたいな「武」ではない。
以下はだらだらだらだらと、ぐるぐる書くけど、それは下手に書くとスクショで回したり、大学のレポートにコピペしたりする人が出てくるから描かぬ。
中国語を学ぶと中国人って、もともと持ってまわった表現をします。いわば京都式というか、口と腹が別なんですよ。上に政策があれば下に対策があるのが中国。したたかなの。で、どういう意味なのかは文脈を読んでいかねばならない。それが検閲をかいくぐる方法なんですね。
検閲に対抗するには、武力を特に使うものでもない。「出せなくなるから」そしてそのバックにたまに出てくる恐ろしい事件があるから、検閲に従うんですがね。
そして、検閲をくぐって出来上がってくるものは、比較的政治的に正しいものが多いのだもの。もちろん、国際情勢の分析が奇妙であったり。国家に対する礼賛が増えるのは仕方がない。
しかし、かの国ではかわいい顔をしたアイドル君たちが出てきてきゃっきゃやるようなもので、海外にも売る気満々なものはもう少し目配りしてある。(おそらく売るつもりはなかったのに、日本が買っちゃったってのは存在する)
もう少し具体的書けば、私は笠原みたいな、バトリングヒロインが好きなのだけど、これがアジアでも欧米でも無駄なレイプシーンがきっかけになってたりする。ミソジニーを内在化してるんですね。これが不快で不快で。殴り合うのが好きだから、剣を振るうのが好きだから、銃をぶっ放すのが好きだからっていうだけのバトリングヒロインが居たっていいじゃないですか。少年がヒーローになるのにきっかけはいらない。
ところが現代中国のバトリングヒロインは、そういうことが少ない。ゼロとは言わないけれど。私が見たのは無鉄砲で脳筋なお茶目ちゃんたちだもん。花と将軍の、将軍の可愛さを見てよ。「今夕何夕」の脳筋ヒロインを見てよ。
本作には「本」のために戦うヒロインなので、ミソジニーを内在化しない作品なのね。見てて楽でしょ。読んでて楽でしょ。憧れた図書隊員本人に出会っちゃったよ!という話なんだから。
戦後日本において「表現の自由」と相克するものは、政治的な書物ではなく、チャタレー事件(最高裁判所昭和32年3月13日大法廷判決)など、エログロがメインだというのもあるのだが、「こんなものを守らねばならないのか」と思うようなことがあるわけです。
そういうものが排除された世界は、おそらく多くの人にとって楽なの。快適なの。
犯罪者が読んでいた本、とか、そういうレベルではない。
「無関心」が表現の自由の敵ではない。政治的に正しいがゆえの「快適さ」こそが、表現の自由の最大の敵かなというのが、中国のエンタメを楽しんでいる私の正直な感想です。
その反面、検閲をする側は「武」を使うことがある。
本当に公的機関によるものだったかは別としても銅羅湾事件、あれが典型的です。あれがあるから、従うんだよねえ。
そして、視聴者側は、「出てきたもの」の快適さを下手に知ってるからこう言うわけ。「悪いことをしなければ安全なんですよ」って。