チェン・シアオチエンは恋愛経験ゼロの駆け出し脚本家。
彼女がシナリオを書いた時代劇ドラマがついにクランクイン!のはずが、主演俳優のハンからシナリオの書き直しを迫られてしまう。
苦労の末、何とか修正した脚本を書き上げたシアオチエンだったが、意識が次第に遠のいていき…。
気がつくと自分の書いた物語の世界へ入り込み、第3話で死ぬ予定の脇役悪女キャラ・陳芊芊(ちんせんせん)になっていた!
現実世界に戻るため、脚本通りに物語を進めたい彼女は、死のピンチを回避しながら主役の男女をくっつけようと奮闘!
しかし、男性主人公の韓爍(かんしゃく)が芊芊を好きになってしまうという想定外の展開に…!?
传闻中的陈芊芊 2020年
感想
タイトルをそのまま訳すと、「噂の陳芊芊」。しかしこれ、花垣城の女の子と玄虎城の男なので、悪くないんですよ。親父ギャグタイトルだけど。
パケのダサピンクと、親父ギャグタイトルでラブ史劇()と思うべからず。
これ、表面をそう取り繕ってるだけです。
中国は言論の自由のないお国です。しかもゴールポストが動いてくる。そういうところで社会問題を取り上げるとするならば、許されるギリギリの低俗を装うか、高尚を装うのかの二者択一というのが、中国文化史だと思う。もしくは、お上本体のキャンペーンに乗っかる。現代中国においては、現代劇ではどうしても難しいから、古装劇を使うんだよね。ジャクギの頃にやったタイムスリップをして、平等に挑戦することも許されない清朝批判と現代中国の誉め殺しの合わせ技で指弾することも、今となってはできない。
さて、本作のテーマは「ジェンダー」そのものです。許されるギリギリとまではいかないけれど、高尚を装ったような話ではない。言論の自由のない国で、どう「ジェンダー問題」を扱うかというと、作者が自分の書いた「アイドル古装ドラマ」の中に入ってしまうという設定です。
メタだもん。という言い訳ができるのね。
メタ世界の、玄虎城は男尊女卑の、古くからの中国社会です。それに対して花垣城は女尊男卑のフィクション世界です。まるっと逆転させているのだけど、賢くて優秀な男(斐恒)が「私は男だから表に出て出世できない…私に城主が寛大なのは、死んだ母の威光と、三郡主(あなた)の婚約者という立場があったから…」と言い始めると、コミカルを通り越して、男尊女卑社会を鏡写しにして「これって奇妙でしょう?」と指弾しはじめるわけです。
極め付けに最後の三話では一度舞台が玄虎城に移る。男尊女卑社会に入った小千は、自分の書いた花垣城の男の立場のなさを実感し始める。
そして「花垣城の司軍は代々斐家に与えられた地位。斐恒は故斐司軍の一人っ子ではない!娘の私がいる!お前たちは男に従うつもりなのか!」と楚楚が言い始めると、もう決まりだよね。
そう。本作のテーマは「ジェンダー」そのものです。途中、「花木蘭(ムーラン)」が出てくるのは、「我が国には昔からこういう物語がありましたよね?」という言い訳的なものではあったかもしれない。
現代中国の都市部では日本以上に女性の地位が高いけれど、そうではない場所は山のようにある。中国語で言うところの「指導部」を見れば、女性が何人いますか?ということです。
主人公がトンデモ女だからな…
とはいえ、本作。日本人でも中国ドラマを見慣れててて、中華式ラブコメが好物でも、受け入れられるか受け入れられないか、すっぱーんと割れると思います。
もともと陳小千が書いた脚本は、「心臓病の薬を求めて入り婿にやってきた韓爍は、二郡主の陳楚楚をハニトラにかけて龍骨を奪うつもりだった。ところが三公主・陳芊芊は偶然韓爍を見て一目惚れして自分のものにしようとする。韓爍は陳芊芊を毒殺し、(なんだかんだあって)陳楚楚と両思いになる。しかし、大老虎韓爍はやっぱり花垣城を攻めてきて、守備将の楚楚と戦うことになる。楚楚は韓爍を殺す。楚楚が城主になる日、花垣城には吉祥が現れる」というものだった。
これを主演俳優に「なんで楚楚にこの韓爍は恋しちゃうんだよ?人を愛したことないんじゃないの?」と激しいツッコミを受けて描き直すんだが、あらすじは変わらないまま、書き直して物語に吸い込まれるというわけ。
中国語学習者は気づいたんだけど「虎」を使った理由がわかったよね。「大老虎」で汚職する人、騙す人という意味でもあるから。韓爍をこう罵倒してたわけ。
主人公の陳芊芊(中身は陳小千)がトンデモ女で、姉の楚楚の情を踏みにじり、韓爍と斐恒という馬鹿でかい男二人の愛情を丁寧に丁寧に丁寧に踏みにじった上で、人間関係を全て引っ掻き回していく、一種の「狂」なので。その行動には「現実世界に帰らねば」「物語が最終回に至れば戻れると思う」という感情があるのだが、この行動を見てゾッとする人は少なくないと思う。
この主人公にもそこそこ共感できなくはなないのだけど、韓爍が陳芊芊(中身は陳小千)を愛し始めてから、この子怖いんだもん。中身は自分の書いた脚本通りに最終回を迎えたら現実に戻ることができると思い込んでる陳小千なもので、姉の楚楚と韓爍を煽ってくっつけて、ストーリーを最終回で戻ることができると思ってるので、この二人を煽る煽る。そうは言いつつ、自分(陳芊芊)は殺されないようにしたいから、色々策を練るし。そのうちにもともと殺意はあるけれど、陳芊芊(中身は陳小千)に徐々に胸襟を開いては踏みにじられ、翻弄される韓爍が哀れでねえ。
小千は自己評価がすごく低くて、目の前に愛してくれる人がいるのに、それを受け取れない系女子かな。と思ってたら、中盤過ぎたらくっついちゃうんですよ。そうすると今度は刺殺される設定の韓爍をどう生き延びさせるのかと、脚本を無理やり変えてやろうと韓爍を土足で踏みにじる踏みにじる踏みにじる。しかもその手先にするのが元婚約者の裴恒。使われてやる裴恒のことも土足で踏みにじるわけですよ。この二人が気の毒で気の毒で。
私、二番手くんが好きなのに、今回は一番手くんに超同情しちゃった。
本当に元々の陳芊芊がめちゃくちゃだし、そういうキャラを書いた陳小千本人も思考回路が変なので、周囲のキャラクターたちが振り回されて気の毒で気の毒で。そのくせ、鉱山の崩落事故に巻き込まれたモブの男たち(花垣城ですから。カスとしか扱われてなかった存在)の命が失われるのは耐えられず、楚楚に手柄を与えるはずが自分が手柄を立ててしまうとか。
そりゃ、「次の城主はお姉さんですよぉ」、「あの美男もお姉さんにお似合いですよぉ」って、あんなに煽ってたのに、お前が全部取るのかよ。楚楚が闇落ちするのも仕方がない。楚楚も気の毒だった。
足の悪いお姉ちゃんの沅沅と(卑しい)楽人の蘇沐のカップルも、確かにそう上手くくっつくわけがないんですよ。足が悪いのでお姉ちゃんは長女なのに自分が城主になることはできない、何もできないのだと卑屈になってしまうし。蘇沐の方も卑屈。
というわけで、脚本家・陳小千は微妙だったけれど、本作の脚本家は、人物をすごく上手く描いてておられた、ということです。
キャスト
この陳芊芊(陳小千)は、例えば若い頃の劉詩詩が演じてハマりそうな役でもある。頑張り屋さんというよりも、トラブルメーカー。そんな役だし、多分見てる人は、男側が目的ではなかろうかと思うんですよ。それをちゃんと主人公を主人公として見させた趙露思がすごかったというわけ。声は地声だったのかな。甘いけれど低めの声で、うるさく聞こえないのが功を奏すると思う。
エンペラーと比較的似ている物語で、キャラ的にも似ている。けれど、エンペラーのときのバタバタ演技と比べると、格段に腕が上がったような気がします。演出のおかげかな。
冒頭のメタ世界の中の「陳芊芊」と、脚本家の「陳小千」がきっちりと演じ分けられていて、この人はおんなじような役を同じように演じるわけではないのだと、ちゃんと演出側が宣言してくれるのでその先を見続けることができました。
今回は丁寧に丁寧に、思考回路が変な陳小千を演じます。エンペラーのフェイフェイがバタバタしていたのは、演出なんでしょうか。怖いわー。これだけ器用に演じ分けられれば、そりゃオファーは絶えませんよ。この子、成都の人らしいのだけど、どうも明道大学という台湾の大学に留学したようで、そこは演劇の学校ではない。観察眼と勘の良さと運動神経で演技をしてる、天才型だな。無理はしないように。どうか長く女優人生を全うして欲しい。天才型女優は結構燃え尽きるのか、お金持ちを捕まえて女優業を引退しちゃう人がいるから。イザベラ・リョンみたいに。
目的は丁禹兮。もちろん。これが、これまで見てきた中で、東方不敗を美しく最も禍々しく演じることができた唯一の男の子だったのに。髪の毛をあげると、年齢なりの男の子がいました。東方不敗の頃よりも健康な少年(ただし邪悪系)っぽさがあり、心臓病を抱えているようには見えないのが問題だった。でも、こっちが先だったら多分、え!?あの子に東方不敗を演じられるの!?!?ってなっただろうな。出演は、東方不敗の方が先。東方不敗は、純情な少年を装っていたけど、最後に爆発しちゃう(文字通り)のに、こっちははなから邪悪系(中身はそうでもない)に見えるのは何故なんでしょうか。
あの東方不敗を演じた表情筋なので、オーバーなアクションをせずに、眉毛だけの演技までできるんですよ。似たような作品だから比べてしまうけど、エンペラーの谷嘉誠と比べると、やっぱりこの子は演じられるんだわって。本作に持ってくると、演技力の無駄遣いというか、美少年の無駄遣いというか。中国は結構リッチに美男子を無駄遣いをしてくる。
韓爍が離縁されて楚楚と共に戻ってくるところが、ああ、東方不敗ちゃん!なのだけど、東方不敗ちゃんの闇落ちぶりとはまた違う闇落ちぶりで。
しかも本作ねえ、なんか男の処理が雑というかなんというか。顔を塗ったくってる楽人(技人)の指毛がすごいとか。四話の脱臼を治しますのところなんて、丁禹兮の口元がぽつぽつとしてるんですよ。お髭が。そりゃ人間離れした美少年ですが、生きてる成人男性ですから、おひげも伸びますよね。それがもう妙におかしくておかしくて。お金がろくにかかっていないのはわかるんだけど、髭を剃る暇もないような早撮りだったんでしょうか。
あと、ジオブロックされてないからって、騰訊で中国語字幕で見たからないのかなあ。三公主(さんごんちゅ、って聞こえると思う)と三郡主(さんじんちゅ、って聞こえると思う)がまぜまぜになってて、陳芊芊の姉妹は上から大郡主、二郡主、なのに、三番目の陳芊芊だけが三郡主と三公主がまぜこぜなんですよ。公主と郡主は違う存在だと思ってたんだけど。
https://kotobank.jp/word/公主-62226
まあ、気にしなくていいんでしょ。物語の本質はそこにはないから。
花の都に虎(とら)われて~The Romance of Tiger and Rose~ DVD SET1