ショーン・オブ・ザ・デッド

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パブに入り浸りマンネリ化した生活を続けていたショーンは、ほったらかしにしていた恋人のリズに振られたことから、“大人らしい生活を送ろう”と決心する。そんな矢先、ショーンを不幸な出来事が襲う。果たしてショーンは人生をやり直すことが出来るのか?

2004年

感想

監督はエドガー・ライト。

これが、エドガー・ライト、サイモン・ペッグ組とのファーストタッチだった。
一見ぐだぐだとしているが、オープニングからラストまで一貫して計算し尽くされていて、笑いを誘う。
ヨタヨタと歩く人たち、通勤バスを待つ人たちの人格を失ったような表情、大したことのない仕事etc、すべて「ゾンビ」の来襲を臭わせる。異変はすぐそこにあるのに、ショーンは気づかない。鈍いなあ、と笑うが、それは私たちにそのまま返ってくる。

襲撃されるようになってからのドタバタは笑える。イヴォンヌ一行とすれ違う際に、ショーンとイヴォンヌ、リズとイヴォンヌの彼氏、親友カップル、ショーンのママとイヴォンヌのママ、だめ男エドとイヴォンヌのいとこのだめ人間、と完全に対象になっているのが下手なくらい技巧的なのだが、恋人、親友、母親、そしてだめ人間、すべて自分の周りにいる人たちを現している。

クライマックスに、クイーンを持ってくるのは、もうぴったり。

笑ったのはイヴォンヌの彼氏役が「シャーロック」のマーチン・フリーマンだったことだ。すれ違うときに困ったような顔をしていたのが良かった。次にイヴォンヌが出てきたとき、「一人」と言っていたから、マーチンはゾンビ化したのだろう。やはり、マーチンがイヴォンヌに襲いかかり、イヴォンヌに返り討ちにあう、というシーンが欲しかった。

さて、日常に戻ったら、ゾンビの本能を利用して使う、というゾンビものでは新しい提案がされていた。ショッピングカートの整理は本能で十分らしい。エドの本能はゲームというのが受けた。

さて、ゾンビもの、以外に本作は、「できる男だが、やる気がない」ショーンが、非日常にあたって、やる気を出し、恋人を取り戻す、という話でもあった。正確にいえば、ゾンビものは小ネタにすぎず、大筋はこちらなのだが、そう捉えると、大変つまらない映画になってしまう。こっちの話は、「ラン・ファットボーイ・ラン」でしよう。

残念ながら、エドガー・ライトはアメリカで撮影すると、妙によろしくなくなり、やはり低予算で妄想を炸裂させてほしい監督と言えるなあ。同じことが言えるのが、ケヴィン・スミスよねえ。

結構配信されているようで。

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