「ボーン・アイデンティティー」「ボーン・スプレマシー」

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マット・デイモンがジェイソン・ボーンを演じたシリーズ。

ボーン・アイデンティティー

海上を漂っていた瀕死の男(マット・デイモン)がイタリア漁船に救われる。唯一残されていた銀行の名前と貸金庫の番号から、スイスへ赴いた。そこには“ジェイソン・ボーン”名義の身分証明書と他にさまざまな国籍のパスポート、大量の現金、拳銃が眠っていた・・

The Bourne Identity 2002年

感想

監督はダグ・リーマン。

テレビで見ながら映画館で見たのを思い出す。90年代後半からゼロ年代の前半はアメリカ映画ばかり見ていたのだった。「インファナル・アフェア」に出会わなければ、今でもアジア映画など目もくれなかっただろうと思う。マット・デイモンとベン・アフレック、そして、ベン・スティラーとオーウェン・ウィルソンは鉄板コンビだった。忘れてはいけないエドワード・ノートン!

マット・デイモンに冷めたのは、彼が本作で「スター」になってしまったのが一つある。この人はバイプレーヤーとして使う、もしくは、他の芸達者と組み合わせるとすごい力を発揮するのに、ピンの主演だけではもったいないなあ、と。私は人気が爆発するとちょっと覚めるのだ。もしくは、人気が落ち着いて演技がうまくなった頃にはまる。ちょっと懐かしかった。

日本を除いたアジア映画、ドラマの特徴として、「感情的」という語が一つのキーワードになると思う。特に男性が。だからアンディ・ラウやアーロン・クオックの「熱演」で私がしらけてしまうのだろう。日本ではよく「アメリカ人は感情表現が豊かだ」と言われるが、私の経験上、アメリカの感情表現はひたすらポジティブだ。悪いことではないけれど、私には少し居心地が悪い。「泣く」のは完敗の証拠なようだ。だから、私の知る限り、成人したアメリカ人男女に泣き虫はいない。ちなみに、個人的に知っている人たちの中で負の感情を爆発させがちなのは男女ともに韓国(その代わり、あまり根に持たないように見える)。

本作では巻き込まれたマリーが少しヒステリー気味なのに対して、当の本人、ジェイソン・ボーンは自分のアイデンティティがわからないことにも冷静に対処「しよう」とする。この演出が実にアメリカ的だと思った。日本人だったら「立ち止まる」「停止する」という演出があっただろうし、韓国だったら頭をがんがん壁にぶつけさせそうだ。中華系はおそらく頭を抱えて女に泣きつくのだろうか。何を思い出したのかというと、アイデンティティがどこにあるのかわからなくなって苦しむ陳在天@「ブラック&ホワイト」だ。

ボーンシリーズの特徴はいわゆる「美男美女」を使わないところだった。本作のヒロインのフランカ・ポテンテ、三作ともに出演するジュリア・スタイルズもどちらかというとファニー・フェイスだ。マット・デイモン自身も正統派のアメリカ美男ではない。三人とも最近(私が)見ない懐かしい顔だ。

ボーン・アイデンティティー (字幕版)

ボーン・アイデンティティー (字幕版)

マット・デイモン, フランカ・ポテンテ, クリス・クーパー, クライヴ・オーウェン, ブライアン・コックス, アドウェール・アキノエ・アグバエ, ジュリア・スタイルズ
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ボーン・スプレマシー

記憶を喪失したCIAのトップ・エージェント、ジェイソン・ボーン(マット・デイモン)。連絡を断ったことからCIAに命を狙われる身となった彼は、体で覚えていた戦闘術と抜群の知力を駆使して追っ手をかわし、自分の正体を突き止めていった。

The Bourne Supremacy 2004年

感想

あっさりとマリーが死んでしまい、本作はヒロイン不在。その代わり、ジェイソンを追い回すのは今度は女だ。パメラ・ランディ。どこにでもいそうな、ちょっと粋がった感じの「女上司」だ。仕事ができるかは不明。というタイプ。私にとって「嫌だな」と感じるタイプだが、私自身がどうもこのタイプと見られがちらしいので同類嫌悪という奴なのだろう。

前作はアクションのカット割りが細かいなあ、と記憶していたのだが、どうやらこちらの方だったようだ。画面がぶれるので躍動感はあるが見にくいなあと感じたのだった。

ああ、スターになってしまったマット・デイモン・・・

やはり舞台はヨーロッパ。ナポリからベルリンへ。アメリカ映画なんだが。

ボーン・スプレマシー (字幕版)

ボーン・スプレマシー (字幕版)

マット・デイモン, ジョアン・アレン, フランカ・ポテンテ, ブライアン・コックス, ジュリア・スタイルズ, カール・アーバン
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