ブッダ・マウンテン~希望と祈りの旅

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それぞれに事情を抱えて家を飛び出した3人―喧嘩っ早い丁波(ディン・ボー)と気のいい“太っちょ”、そしてバーの歌手・南風(ナン・フォン)―は、間借りをすることに。大家は引退した京劇女優・常月琴(チャン・ユエチン)である。だが、偏屈で自分の習慣を曲げようとしない彼女と、親子ほど年齢の離れた奔放な3人は、事あるごとにぶつかり合ってしまう。そんなある日、3人は月琴が事故で息子を亡くしていたことを知る。そして彼女が自殺を図ったことで、月琴が受けた心の傷が未だに癒えていないことを悟るのだった。幸い一命を取り留め、次第に3人と心を通わせ始める月琴。やがて彼女は丁波たちに誘われて、四川大地震の爪痕が残る神秘的な山・観音山へ…。

原題:観音山 2010年

感想

表現の自由が抑圧されている場所で、人は工夫を凝らして表現をする。
例えば、「宮廷女官 ジャクギ」における現代社会に対する皮肉であったり、「American Dreams in China」において天安門事件を無視しながらも自由への渇望を描いたり。

本作においては、リー・ユーはわざと使うのだろうか。三人組が貨物に乗って刹那的な旅をする際のうらぶれた工場にスモッグ。あれをみれば大気汚染が奥地にも広がっていることがわかる。大家を連れて観音山に行って「きれいな景色だ」というのに、私の目には香港でを覆うスモッグと同じに見える。ラストの大家の失踪もスモッグの中で行方不明になったの?になってしまう。

無防備で無計画な「どうしようもない」三人組。かつあげされかけて、ビール瓶を自分の頭でかち割り、女にキスまでする南風。貨物の荷台に乗り込んで出かける三人。経済成長著しいはずの中国で、目的も何もなくなってしまった若者の姿だ。一番荒れているのは南風で、失恋して故郷に戻ってもアル中の父の前で「死ぬまで酒を飲んでやる!」と酒をがぶ飲みする。大学に行かなければ将来は開けないのに、大学に行く気もない丁波と太っちょ。丁波は決して太くはない親のすねをかじっている。太っちょだって同じだろう。かといって、規則正しい大家は息子を失って精神の失調を来している。

大家の息子の恋人の住んでいる所だって、綺麗な家ではない。再開発業者に追い立てられる、貧しい人たちだ。

丁波が貨物に乗ろうとするのは、父が運転手だからだったのか。母が倒れた日に父はいなかった。長年恨んでいたのだが、実は父は借金をしようとしていたのだった。それをようやく丁波は知る。その後二人はどうなるのだろう。アンジー・チャイの台湾ドラマなら二人は和解するのだろう。とても安易に。けれど、本作ではその先は描かれない。おそらく、丁波は一念発起するかもしれない。けれど長続きはしないだろう。

好きなのになぜかつきあえない南風と丁波の様子。連想したのは「あの頃君を追いかけた」だったが、あんななまっちょろいものではない。あの人たちはそれなりに将来が開けている人たちだった。この二人にはおそらく明るい未来はない。

大家の失踪

冒頭、京劇の練習を見ている大家だが次のシーンは列車である。ラスト、大家が失踪して次のシーンは貨物である。若者には大家の息子が事故にあった車があって、あの車で山に登ったではないか。あの車はどうなったのだ。

本作ではタランティーノ映画のように時系列が構築されなおしているわけではないし、過去と現在が明らかに交錯しているわけでもないのだが、ところところ疑わしいところがある。それが全て観音山と列車。

大家と丁波たちだが、中年女によって若者が感化されることもなければ、若者によって中年女の心のわだかまりがとけたわけでもない。中年女の問題は中年女の中にとどまり、若者の問題は若者の中にとどまる。両者は少しだけ交わっただけ、中年女の中で若者の見方が少し変わっただけなのだ。中年女は心の平安を見つけ、「グリーン・デスティニー」のイェンが山から飛んだように失踪したのだろう。

「大家」は実際にいた人なのだろうか。京劇女優だったのが気になる。
まさに、狂言回しだったのではないか。丁波たちを描く、その語り手として。丁波と南風が「性」をわざと無視した(実際には意識しまくっている)不自然なプラトニックさが自然な関係になる物語の語り手としての大家だったのではないだろうか。

つまりだ。
丁波の父が借りてくれた家は震災でなくなった京劇女優が住んでいた家だった。遺族もいない。持ち物は好きにしていいということになった。そこで、三人は大家には息子がいて交通事故で亡くなっていることを知る。貨物で観音山に行って、壊れた寺院を見つけた。貨物に乗り込んで度々通って修復を手伝うようになる。そのうち、南風と丁波のプラトニックな関係は壊れてしまう。ひょっこり南風は戻ってきて、寺院は完成し、南風と丁波の関係は自然なものになっていく。

ファン・ビンビン

ファン・ビンビンはデカ女である。
そのデカ女と並ぶと大抵の俳優が小さく見えがちだ。だが、チェン・ボーリンは小さく見えない。むしろ、ファン・ビンビンが小さく見える。少し前に(ハリー・ポッターの)ドビーみたいな整形にしてしまった女の人の写真が出回った。どこまでコラかわからないのだが。私はこの人はファン・ビンビンになりたかったのだと思った。本作ではほぼスッピンに近いだろう。さすがにポスターではおばさんっぽかったのだが。実は「息子を亡くした孤独な中年女と青年が互いに助け合い」と聞いて中年女役はファン・ビンビンだと思ったのであった。シングルマザーで震災で子供を亡くした、みたいな。なのに、バーのシンガーだと気づいて間違いに大笑いしたのだった。確かに写真だけではおばさんっぽいのだが、動いていると二十歳そこそこに見えてくるのが不思議だ。

チェン・ボーリン

チェン・ボーリンと言えば「シルク」でチャン・チュンニンに「牛肉麺食べようぜ」と誘って断られて一人で食べて食べ終えて殺されるシーンで「死ぬ前に食べられて良かったね」と思ったのが(私の)記憶に新しい。「シルク」から何年経つんだ。変わらないじゃないか。これはほめていない。年の近い台湾の(アイドル系)俳優はエディ・ポン、イーサン・ルアン、ヴィック・チョウ、ジロー・ワンというところか。ああ、ジョセフ・チェンがいて、非アイドルで売るのはジョセフ・チャン。もろアイドル売りされていたヴィックとジローですら、ジローは大人になることを拒否しても存在感は増したし、ヴィックはアイドルを拒否して大人になろうと模索中だ。そういう、苦労がどこにも見えないのだ。良く言えば初々しい演技ができる、でも悪く言えば、年齢的にそのポジションはかなりきつい。と思ったが、2010年の作品だったのか。なるほど。まだ20代だったのね。

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