59集しかないのに前半後半と分けるのは、この頃(2022年ごろ)から、長すぎるのはいけません!という基準が60集以下から、50集以下になってきたからでしょうかね。
見事なのは脚本というか構成で。前半の天界編に出てきた神仙たち、人間界の前半で出てきたキャラが全部伏線になってて、ちゃんと回収していくところ。
ネタとしても、神仙に課せられる厳しい規則、女側の姉妹の相剋、男側の出生の秘密、なぜ四大神器なのか、かなり盛り盛りだけど全部回収していくのよ。
沈香の夢:前半~蓮の花芳る時~
治療の力を持つ上古遺族・四葉の蓮の精・顔淡は姉と共に応淵帝君に救われ、彼の使用人になる。
恋が許されない天界で顔淡と応淵は両想いになるが、顔淡は責任を選ぶ応淵に傷つき、了無橋から飛び降り、忘川を900年も歩く末、蓮の妖になって人間界で暮らすことに。
一方、応淵は人間界で仙魔大戦の真相を調査するときは天界の記憶を失い、捕妖師の唐周となり、妖になった顔淡と再び恋に落ちる。
顔淡、彼女を一途に愛している余墨、そして二人の協力で無事に天界に戻った応淵は、力を合わせて悪人の陰謀を暴き出し、六界の平和を守る。
沉香如屑 2022年
感想
2022年の中国最大のヒットが本作と「蒼蘭訣」じゃなかったかな。どっちも仙侠なので、ちょっと苦手なジャンル。楊紫はあんまり見てないよな…ということで。翌年2023年は本作の楊紫と成毅、少し時期がずれたけど新規公開時期が一部被ってた「長相思」と「蓮花楼」のガチンコ勝負だった。
天真爛漫な若い女の子が、身分のある男と愛しあうけれど、恋愛禁止が課せられていて…というパターンで思い出すのは、千歳の校長先生と16歳のロリの師弟で師匠はロリを拒もうとするのだけど……という「花千骨」ですよ。
こっちは、互いを認識する段階では、万歳の帝君(四人いる帝君の中の一人。その上に帝尊がいる。東極青離帝君。)と、百歳の仙女。
こちらは、応淵のセリフの端々に、色即是空空即是色があり、仏教的な仙侠はYoukuは「長月烬明」よりも先にこれで作ってたのね。時期としては「蒼蘭訣」と本作が同じ頃じゃなかったかな。
白子画の払った犠牲の全てをはっきりと描かなかったけれど、こちらの応淵の払う犠牲をはっきり描くのが、花千骨との違いですかね。あと、顔淡にも特殊能力はあるけど、花千骨のような強さがないところ。
悪女・蛍灯は、霓漫天みたいに終盤までいるわけではなく、前半で退場なのが面白くない。もう少し引っ張れよ。
微妙と言うなら、前半と後半の分け方かなあ。顔淡の記憶が戻ったところで切ってるけど、蛍灯の石化までとその後で話が変わるじゃないですか。その後、蛍灯の石化が解けかけるクリフハンガーくらいで変えてもよかったかなと思うのよ。
沈香の夢:後編~燃え尽きぬ愛~
四大神器の3つを体に入れて仙衣を修復した唐周は、柳維揚の陶紫炁への愛を目の当たりにして自分も顔淡に愛を告白する決心をする。
だが、辛い愛の記憶を取り戻した顔淡は唐周が掌門にはならずに彼女を大切にしたいと言っても信頼できずに拒絶する。
一方、余墨は顔淡が記憶を取り戻したこと、唐周が応淵だったことを知り…。
沉香重华 2022年
感想
ラストシーンは、これが武侠ものなら、うっ…そう来るか…だけど、仙侠ものですから、これ。古剣とか。長月とか。蒼蘭訣とか。そっか、そういや本作も含めてセカイ系か。
死んでも死んだとは限らないのが仙侠の主人公…ということで、おまけ2本で予定調和のハッピーエンド。見なきゃ良かったよ。
正直、成毅が帝君というのにちょっと不安があった。若すぎない?って。あの人まだ年齢的に大師兄くらいでは?と思ってたんだけど、唐周が若いからちょうどよかったんでしょうね。責任感が強く冷たさのある応淵、「僕はその人ではありません……」の一途な唐周、「どうしてなのだー!」なこの世も好きな女もどちらも諦めない玄夜の演じ分けも、悪くないんじゃないでしょうか。
応淵から唐周になったときは、もっと演じ分けろよと思ったけれど、唐周から応淵になったときは、ちゃんと演じ分けてたんですね、と。二人とも他人に対してすぐに感情を出す方ではないから、演じ分けにくいよね。さらに、白髪の玄夜の野心も演じ分けてたけど、玄夜では肌がぷりんぷりんすぎて、もうちょっと老けメイクしてもよかったんじゃないでしょうかね。
楊紫の演技が見事なのは当初の百歳の少女(ロリばばあ?)で登場するとき、あんまりバタバタしないんですよ。ほんと、「天真爛漫」「少女」の演技ができる人って少ないんだから。記憶を失ってからは自分が妖であることもわかっていないという設定からか、人間界で引き起こす騒動に焦点が当たるからか、かなりバタバタしがちですが、それはそういう演技が求められてたということでしょうかね。
主演の二人以外の人の演技は、良くも悪くも書きたくなるものではなく。うまく主演を引き立てたという点で、見事だったと言い換えることもできます。あ、最後の数話目立ってたのが葉晞月。出資者ですよwww今回は悪女メイクではないからか、普通に見られるけど、今度はおばさんっぽいと言うか。キャラは何万歳ですか?だからいいんでしょ。
それ以上に、ご都合主義なキャラがいなかったことがすごいかな。前半のキャラは誰と誰が互いの顔を知らないのか。うまいことすれ違ってるので、海底編で気づかない。そして、あまりものになったキャラがくっつかないのも良かったのになあ。
そうなの。前半に出てくるキャラの多くが後半で伏線が回収されていく構成がうまいのよ。
ネタも盛り盛りで。
平凡以下の才能しかなく血の滲むような努力をしないとならない姉と、非凡な才能を持ち遊んでばかりいる妹。愛される妹と、その他大勢としか認識されない姉。
愛し合う二人には、どちらも横恋慕する男女がいるのだが、逆恨みを募らせる蛍灯、そして余墨は…
死にかけたのに星君(仙人でしかない)と、俺を救って帝君(神らしい)に出生した親友。玄夜によって修羅族から仙族に変更された俺はアイデンティティクライシスを起こし、さらに努力を重ねないとここまで来れなかったのに…天帝に育てられた親友はとんとん拍子で出世するし、さらにその出生の秘密(修羅族の血を引く)を天帝は黙認するのか…
なぜ人間界にある上始元尊の四つの神器で唐周は仙衣を修復できるのか。
応淵の修羅族と仙族の血筋は…
と盛ってくるのをきれいにまとめたなあと思う。
だからこそ、ラストシーンはあのままにして、おまけはいらなかった。きっと二人は来世は平凡な人間に転生し、平凡な夫婦として一生を終えるに違いない、で良かったのよ…せっかく余墨と龍尊がくっつかないんだから。