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最強のふたり

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事故で全身麻痺となり、車いす生活を送る富豪と、図らずして介護役に抜擢されたスラム出身の黒人青年。共通点はゼロ。高級住宅地とスラム、ショパンとクール&ザ・ギャング、超高級スーツとスウェット、洗練された会話と下ネタ、車いすとソウル・ミュージックに乗ってバンプする身体―。二人の世界は衝突し続けるが、やがて互いを受け入れ、とんでもなくユーモアに富んだ最強の友情が生まれていく。

Intouchables 2011年

感想

監督はエリック・トレダノ オリヴィエ・ナカシュ。

なんでこんな日本語タイトルにしたのだろう。「インヴィクタス」のように「インタチアブレス—最強のふたり」ぐらいでいいだろうに。もしくは英語にして「アンタッチャブル」。ストーリーよし、テンポよし、構成も完璧。フランス映画の間延びや、話の文学的ぶっ飛び方もすくなく、むしろアメリカ映画を思わせる。もっといえば、サンダンス映画祭好み。もっともセザール賞ノミネート作品で、日本でもフランス語映画の中ではヒットしたほうだ。けれどもっともっと評価されるべき映画なのだが本当にもったいない。

ところで、人種のサラダボウル、はどこだと思うだろうか。アメリカ?実は、パリもサラダボウル。
ヨーロッパも移民排斥運動が盛んである。考えてみればいい。ヨーロッパ式の「人権」を地中海の向こうのアフリカ大陸に対して主張する。だからこそ、アフリカからやってきたばかりの人は「あんたたちのいう人権を俺にも適用しろよ」という。そして、高福祉を享受するのだ。本作のドリスも移民の二世や三世なのかもしれない。そして、働こうともせず、失業保険で生活しようとしていた。その高福祉はフランス人労働者が払った高い税金が原資だ。そうすると「わが国の高福祉は税金を払ったことのないお前のためじゃない、俺たちのものなんだ。そもそもこの国の人権は俺たちの先祖が血を流して勝ち取ったんだ。人権がほしけりゃ、お前は自分の国に戻って戦って勝ち取れよ??」となるのは仕方がないことだ。そう扱われた側に非行に走るものがいるのは当然だ。悪循環なのだ。

フィリップにはこの発想がない。それは労働する必要のない階級の出身だからだろう。だから、余裕があり、ドリスを偏見なく一個の人間と見ることができるのだ。ノブリス・オブリージェがあるかもしれない。さらにいえば、体が動かず、世界が狭まってしまっている。それを自覚しているからドリスを通して、まるで違う世界をのぞく好奇心が勝ったのだろう。

最強のふたり (字幕版)

最強のふたり (字幕版)

フランソワ・クリュゼ, オマール・シー, アンヌ・ル・ニ
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