ハリー・ポッター(全作)

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いつしか、原作も読まなくなったし、映画も追いかけなかったということで。時間のあるときに、一つずつだが、まとめて見てる。ほら、「壮大な」ってつくような中国ドラマに対して、「ハリー・ポッターみたいな」、という言葉をつけるのだが、その割には全部見てないじゃん?ということで。ゴブレットから見てないらしい。

デヴィッド・ハイマンがプロデューサーとして全作に関わったというのが勝因ですかね。おかげで、(ほぼ)同じキャストで続けられた。

血の話か結局。と、やったらめったらハリーとグリフィンドールに超法規的に点数が入っていくところが気に食わなかったのだ。あと「運命の子」ものが好きじゃないしね。相性。

ハリー・ポッターと賢者の石

幼い頃に両親を亡くし孤独で誰からも愛されない日々を送っていたハリーは、ホグワーツ魔法魔術学校への入学を許可されたことで人生が一変、額の傷に導かれるようにして運命の輪が廻り始める。
深いキャラクター造形、絢爛豪華な演出、魔法のアイテムや魔法界独特の文化、そしてスピード感溢れるスポーツ クィディッチ…想像を超えた世界を体験。あなたの家も魔法にかける。
9と3/4番線から新たなる冒険が始まる!

Harry Potter And The Sorcerer’s Stone 2001年

感想

監督はクリス・コロンバス。

これは見にいったなあ。原作も洋書で読んでたんだけど、ハーマイオーニではなくてハーマイオネー、ダンブルドアではなくてダンブルドールという発音で読んでいた(なぜか不明。読んでいたのは高校生だったのでまだラテン語はやる前)なので、日本語訳を読んだらなんか変な感じだったんだけど、英語の発音を聞いたら、私が間違っていましたよって思ったやつだ。

CGも今見れば劣るところがあるし、2時間半は長い。

まだ原作も終わっていなかったし、クリス・コロンバスも完成形は知らなかっただろうに、いや、知らなかったからこそ、どこかに伏線があるのではないかと、原作をあんまり端折ることなく作った感じ。でも、やっぱり、グーニーズなんですよ。(グーニーズは、クリス・コロンバスが脚本、監督はスピルバーグ)。コロンバスの、子供が主人公の作品は(ホームアローンとか)、かすかにスピルバーグの影響を感じるんだけど、どうです?

イアン・ハートの演じた、クィレル先生のキモさ。相変わらず。

この歳になって見ると、ハリーにやたらと点数が入るのは仕方がないなあと思うんですよ。だって、あの子は被虐待児ですし。孤児院や福祉のお世話になっているような子どもに、本の中でくらいいいことがあってもいいよねえと思うようになったのだ。血の話にされるのはどうなのかなって思わなくはないけれど。

ジョン・ウィリアムズの曲は福々しいしね。

ハリー・ポッターと秘密の部屋

ハリー・ポッターのホグワーツ2年目の生活は、屋敷しもべ妖精の警告で波乱の幕を開ける。
空飛ぶ車、暴れる木、喋る蜘蛛、吼える手紙、そしてハリーの蛇と話ができる能力が、友達を遠ざけていく。
やがて「秘密の部屋が開かれた」という血文字がホグワーツの壁に現れ物語は加速していく。
ホグワーツの危機を救うため、ハリー、ロン、ハーマイオニーの魔法と勇気が試される。

Harry Potter and the Chamber of Secrets 2002年

感想

監督はクリス・コロンバス。

これも見に行った。グーニーズだよなあ。

ロックハート先生は(ゲストたる)ケネス・ブラナー。

「トム・リドル」の謎と、なぜハリーが蛇語を喋ることができるのか。ただの「血統」の話ではないのだと、ここで宣言していたんだなあと思った。でも、ハリー・ポッターシリーズは結局両親(=血統)がモノを言うという話だと解釈したんだけど、どこでだっけ。

血の話というのは、魔法使いの純血性を重んじるスリザリンの作った、「秘密の部屋」。

魔法使いの純血性という観点からは、マグルの親族を持つハリーも、両親がマグルのハーマイオニーがマイノリティーになり、「トム・リドル(Tom Marvolo Riddle)」というマグルの名を持つ男も、半マグル。

厳しい移民政策を行なったフランスのサルコジが移民の子だったように、ドアを開けてもらった人本人や開けてもらって人の子の方が、ドアを開けてもらおうと待っている人に厳しいことはよくあるなあという話だと、今は思った。

ダンブルドアを演じていたリチャード・ハリスは本作が遺作になった。

ハリー・ポッターとアズカバンの囚人

ハリーもハリーを演じるダニエル・ラドクリフたちも今までにない劇的な変化を見せる。襲いかかる恐怖もこれまでとは趣を異にする。
人のつらい記憶を探り出し、それを糧にする吸魂鬼「ディメンター」、死を予告する死神犬「グリム」など、新モンスターもかつてないリアルな不気味さで登場。
半身半馬の「ヒッポグリフ」、人とのあいだを行き来する「狼男」。「夜の騎士バス」「怪物的な怪物の本」、「忍びの地図」、「ニンバス2000」を上回る最新仕様の「ファイアボルト」など、続々と登場する魔界の住人や新アイテム。
そのいずれもが格段にグレードアップされたCG効果のもと、前作をはるかに凌ぐ魔法の世界を創り出す。
なかでも圧巻は、嵐の中で繰り広げられる大迫力のクィディッチ・シーン。
さらに魔法の村「ホグズミード」などの探検で、舞台はホグワーツの外へも広がりを見せていく。

Harry Potter And The Prisoner Of Azkaban 2004年

感想

監督はクリス・コロンバスからアルフォンソ・キュアロンへ交代。

ダンブルドア先生も、マイケル・ガンボンに。

これも映画館で見たような気がするのだが、ここまでかな。グーニーズじゃなくなってしまって、面白く無くなったわけ。オープニングのドタバタも(ちょっと)不発だと思ったけど、やっぱりそんな感じ。

死んだはずの父がやってきて助けてくれたと思ったら、時間を巻き戻して、過去の自分を助けるのは自分自身だった、というのも「自己」の方に重きを置くのだねえとは思った。

本作は「血」「血統」の話としては、マルフォイ(父)に要注意というくらいか。

ハリー・ポッターと炎のゴブレット

世界の三大魔法学校が魔力を競い合う伝説のイベント“三大魔法学校対抗試合”の開催が決定した。
“炎のゴブレット”が各校の代表選手を選び出す中、立候補すらしていないハリー・ポッターがなぜか代表の一人に選ばれてしまう。
かくしてハリーは、ドラゴン、水魔、心を惑わす生きた迷宮などの試練に挑み、その裏に潜む「声に出して呼べないあの人」の存在を感じながら、やがて自らの因縁と対峙していくのだった。
J.K.ローリング原作の『ハリー・ポッター』シリーズ第4作目となる本作では、これまでのシリーズとは一変。
ハリー、ロン、ハーマイオニーは少年期に永遠の別れを告げ、かつて想像さえし得なかった巨大な何かに挑んでいく。

Harry Potter And The Goblet Of Fire 2005年

感想

監督はマイク・ニューウェル。

曲がジョン・ウィリアムズではなくなり、はるかに暗い。

ここでヴォルデモートを、レイフ・ファインズが演じるようになる。

テレビでチラチラ見たかな?というくらいなので、本作からはほぼ見ていない。

長編(2時間半)とたっぷり尺があるのに、なんだかまとまりがなくなって、何が何だかわからない。

ハーマイオニーがきーきーわめく女になってしまってるし。

原作の長さ(文字数)が長めらしく(読んでいない)、詰め込みすぎたんだろうなあ。

セドリック・ディゴリーという人物と、その悲劇的な死。バーテミウス・クラウチ・ジュニアの策略によって、ヴォルデモートが復活するところがおそらく本筋で。それに三人組のギクシャク感とか。ハリーとロンのナード感が脚色で入ってくる。もう少し、セドリックを中心に据えた方がバランスが良かったのではなかろうかと思う。

最後の移動キーを触ってからは、中国ドラマなら精神世界での戦いの演出になるんだろうけれど、ヴォルさんの肉体の復活に、ハリーの肉体が必要だから、ホラー化するよね…それは仕方がない。(書いていてなんか変な感じ。ヴォルさんxハリーのBL的な…)

今回、ハリーを助けてくれるのは友達でも、自分自身でもなくて、親の霊。単純に「母の愛」だったところから両親の霊になってしまうと、ここまで「才能があれば純血である必要はない」というメッセージ、白人主義者に対する何かを込めてきた物語にずれが発生し始めるし、血統の物語になり始める。それは多分、原作がそうなるのかな。的なsomethingよ。

ここまでの中で、一番まとまりがない。しかし思いついたのは、私がJJエイブライムの、パターンに当てはめるスタイルに慣れすぎているのかもしれない。一度どこかでJJエイブライムの功罪をまとめたいと思うのだが、その割には見てないような気がする。JJエイブライム。JJエイブライムまで見るわけ…?飽きる。

本作で褒めるならば、チャレンジ精神と、無理やりスッキリさせなかったという点かな。

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団

ホグワーツ5年生となったハリーを出迎えたのは、周囲の白い目と新聞のふざけた見出し。
ハリーがヴォルデモートの復活話をでっちあげたと書きたて、ハリー・ポッターならぬハリー・プロッター(策略家)と糾弾する始末。
更に悪いことに、魔法省大臣コーネリウス・ファッジが闇の魔術に対する防衛術の新任教師として送り込んで来たドローレス・アンブリッジの“魔法省お墨つき”の授業は、
ホグワーツに迫り来る闇の魔術に対しては不十分であった。

そこでハリーはロンとハーマイオニーに説得され、有志を集めて“ダンブルドア軍団”を結成、厳しい監視の目をかいくぐりながら、きたる壮絶な決戦に備えるべく秘密の訓練を開始する。

Harry Potter And The Order Of The Phoenix 2007年

感想

監督はデヴィッド・イェーツ。

印象に残らず。

「不死鳥の騎士団」とは、かつてダンブルドアの結成した対ヴォルデモートの集団。

ハリー・ポッターと謎のプリンス

未来を救うカギは【過去】にある! 時をさかのぼり、ついに見つけた宿敵ヴォルデモート卿の最大の弱点、隠し続けてきた命取りの秘密とは?
行く手に待ち受けるまさかの出来事。そしてかつてない大きな悲しみが、ハリーを襲う!

Harry Potter and the Half-Blood Prince 2009年

感想

監督はデヴィッド・イェーツ。

過去に戻り、トム・リドルの学生時代の謎を探る。

そして、スネイプこそ混血の王子であった。影に日向にハリーを庇護してきたダンブルドアが死ぬ。

「父親を乗り越える男の子」ではあるのかもしれない。

ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1

Part1はハリー、ロン、ハーマイオニーに課せられた使命であるヴォルデモート抹殺の鍵を握る“分霊箱”を見つけ出すところから始まる。
今や守ってくれる人も、導いてくれる師も失い、これまで以上に固い結束を求められるハリーたち。
しかし、闇の力が、しっかりと結ばれたはずの3人の絆を引き裂いていく・・・・・。

一方、かつてないほど危険な場所となった魔法界。
長いあいだ恐れられてきたヴォルデモート卿の復活が現実のものとなり、魔法省ばかりか、ホグワーツ魔法魔術学校までもが死喰い人の支配下に置かれた今、安全な場所はもはやどこにもなくなった。
ヴォルデモート卿の命令により、ハリーを生け捕りにしようとする死喰い人の魔の手が迫る。

そして、分霊箱の手がかりを探すうちに出会った「死の秘宝」の伝説。
ほとんど忘れられた古い物語に記されたその伝説が本当なら、ヴォルデモートは、分霊箱を上回る究極の力を手に入れてしまうかもしれない・・・・・。

ハリーはまったく知らないが、彼の未来は、彼自身の過去によってすでに決められているのだ。“生き残った男の子”になった日に、ハリーの運命は決まった。
初めてホグワーツの門をくぐったあの日からずっと積み重ねてきた準備―――それらはすべて、このヴォルデモートとの決着の日のために・・・・・。

Harry Potter and the Deathly Hallows Part1 2010年

感想

監督はデヴィッド・イェーツ。

なんとなく、「ファンタスティック・ビースト」?と思ったら、監督が一緒なのね。了解。

「運命の子」というのがあまり好きではないのもあって、深刻な顔をしたハリーを見ると、ぷっと笑ってしまう。

相性というやつね。

ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2

この壮大なフィナーレで、魔法界における善と悪の間で起こる戦いは本格的な交戦へとエスカレートする。
この争いは今までで最も危険なものであり、もはや誰の身も安全ではない。しかしながらヴォルデモートとの最終決戦の時、最後の犠牲を払わなければならないのはハリー・ポッターなのである。
そして、ここに全てが終結する。

Harry Potter and the Deathly Hallows Part2 2011年

感想

監督はデヴィッド・イェーツ。

出たー。「壮大な」

本当に嫌。

さて、「運命の子」ハリーの物語は終わるのだけど、「精神世界の攻撃」的なところがないわけではない感じ。東アジア育ちの人が撮影したら変わっただろうなと思う。

影の主人公は、マルフォイになるのだと思っていたけれど、マルフォイではなくて、スネイプだったと。

ところがスネイプを演じるアラン・リックマンは2016年になくなっていて、本作の撮影はおそらく2010年なんだろうと思うのだが、賢者の石から一気に見ると本当に老けたと思う。メイクもあると思うが本当に死にかけの人という感じで、体調がもう悪かったんだろうなあと思った。

最後まで見たから、今度から自信を持って言える。「これ、ハリー・ポッターやろ?運命の子パターンは相性悪い」って。

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