香港の象徴のひとつ、美しいビクトリア・ハーバーが見える湾岸エリアにそびえ立つ、高級高層マンション「ビクトリアNo.1」。ある晩、何者かが管理人室に忍び込み、居眠り中の警備員を絞殺。その後も、マンションの住民に対し、血の惨劇を繰り返す犯人の正体は、金融機関に勤めるチェン。ごくフツウのOLである彼女がなぜ、このような猟奇的な行動に出るに至ったのか? そこには香港人の給与と高騰し続ける地価という、あまりに不条理な社会状況が大きく関係していた…。
維多利亜壹號 Dream Home 2010年
感想
監督はパン・ホーチョン(彭浩翔)。
香港の笑いはブラック。好きなんだが、好きだというと趣味を疑われる作品はいくつもあるのだが、本作もその一つ。
本作を見たのは去年の初夏。たまたま東京に滞在していた頃に劇場公開が終わりかけだったと思う。それがやっとDVD解禁かと思うとずいぶんと時間がかかった。おそらく日本の各地を回ったのだろう。それほど遠くに見ているのだが、強烈に印象に残っている映画だ。
「ヴィクトリア湾のマンション」のチェンの執念は凄まじいものがある。はもはやチェンにとっては強迫観念だ。日本版のDVD用のポスターではなく、劇画調のポスターの方がチェンの執念を良く表していると思うのだが残念だ。
チェンは建築業者の父の道具セットを腰に巻き、あんなこんなでそこらへんにあるものでじゃんじゃんばんばんぎゃんぎゃん殺して行くのだ。エロは苦手でも、グロはお任せの香港映画だ。ジャッキー・チェンが何でもカンフーの武器にするのと同じように、チェンもなんでも殺人手段にするのだ。これがまたグロいのだが、ついつい笑っちゃう。この映画は何年かしたらまた別だがネタバレができない。是非是非見て欲しい。
殺される側もノリノリの演技(?)で、恐怖におびえた驚愕の表情がまた良いのだ。
殺人鬼のチェン役はジョシー・ホー。ハーフ顔というか、ちょとエキゾチックな感じの、むしろ官能的な女優さんだ。日本だったら間違いなく濡れ場のやたら多い女優さんになりそうだが、そこは香港。本作でも香港映画にしては濡れ場が多いが、日本映画ではそれほどでもない、といったところか。特に上手いとか下手だとかは思わないのだが、いろんな映画にちょろちょろと出ていて、違った顔を見せる女優さんだ。
チェンは馬鹿な女だ。
おそらく1970年代後半から1980年代前半に生まれたのだったと思う。チェンの生い立ちが幼少期から挟まれるのだが、それは年代入りであったような記憶がある。私はちょうど同じ年代なのだが、香港の親友姉妹は私より少し上、1979年の生まれだ。一番上のお姉さんは1975年生まれだ。親友は才媛で香港中文大学と香港大学のどちらも出ている人だ。片方は院だけど。けれど、お姉さんは高卒だ。よく聞いてみると、当時は香港中文大学と香港大学の二つしかなかったらしい。「香港の大学」に入れる人というのは、とびきり優秀な頭脳の持ち主だった、ということらしい。確か、「喜劇王」の中でも、だべっている仲間の一人が大卒で「こいつは大卒のくせに」というせりふがあった。このお姉さんの十年後、80年代後半に北京で生まれた女の子は香港のこのどちらでもない大学に留学して卒業後はさっさと香港から去った。75年生まれと80年代生まれでは取り巻く世界が違ったようだ。
なぜ、そんな話をだらだらと続けたのかというと、チェンの生い立ちのなかで母が病気になり、チェンは大学を中退する、というシーンがあるのだ。大学を中退したチェンがつけたのは、銀行のテレフォンアポインターの仕事だった。もちろん、断られてばかりいる。香港の人はシビアだもの。大学を出ていれば、変わったかもしれない。中退したのは短絡的だった。
恋人役はイーソン・チャン。ここでは不誠実な妻子ある男だ。つまり、チェンは不倫相手だ。しかも、ラブホテルに女の子を置いてけぼりにしてホテル代を全部払わせるような男だ。そんな男とだらだらくっついているチェンは馬鹿な女だ。
「ヴィクトリア湾のマンションに住みたい」これは地上げで家を追い出されるチェンの家族の夢でもあった。母が死に、父が病気になるが保険金も下りない。治療費を出せば、家が買えない。だから、チェンは父を手にかける。値上がりした分を父の保険金でまかなうつもりなのだ。それでも、買えない。
正攻法で手に入れようとするチェンは不動産バブルの前に跳ね返されてしまう。いわば、チェンは不動産バブルに泣いた普通の香港市民の怨念の象徴なのだ。だからこそ、どんなに「不幸なのか」が列挙されるのだ。ちょっと「不幸自慢」がたるいのだが、仕方がない。警官や管理人のおじさんが巻き込まれるようにして殺されるのは別にしても、金持ち夫婦とそのフィリピン人家政婦、ばかぼんぼんとその仲間なので慈悲は無用、といったところか。
そのくせ、ご存知リーマンショックで香港の不動産価格は暴落するのだ。それが話の最後のオチ。
今はまた中国のお金で潤ってきているだろうけれど。
ホラーなのだが、コメディとしても傑作。そして社会派な映画。
こういう作品こそ、アマプラあたりに入れて敷居を低くして欲しいのだけど、難しいかねえ。