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桃花映江山

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劉学義さんの、花シリーズ。インタビューで、「花」多いですね、って言われてて、「流行のタイトルってだけですよ」と笑ってた。

んー、花シリーズの中でも一番ビミョー……テンプレすぎた。ラストはどっちかな、沈在野ならそうするだろうな、のところまで予定調和。カットカットは綺麗だし、誰も学芸会はしてないんだけど。ストーリーテリングがなんとも。

北延で政変が起きた。公主の桃花は生きるために南祁へ嫁ぐことになった…本来、第三王子か第四王子に嫁ぐはずが、到着した日に陰謀によって、沈在野とベッドインしたことにされる。どうする、桃花。沈在野が皇帝の信任厚い叩き上げであることに着目し、桃花は沈在野の側室になりたいと言った……

から始まる、まあ、権謀術数……イチャイチャもの。互いに惹かれ合いながらも疑い。愛を感じるけど、全てを話しているわけではない。崖から落ちて、記憶喪失……と、まあ、テンプレのオンパレード。むしろ好物なんだけど、なんとも。

2話まで見て、投げちゃってたのよ。どうにも乗れなくて。

学義さんはノリノリで腹黒宰相やってます。濃いめメイクもあって、怖いのよ。で、これがまた甘々になるんでしょ、知ってる。見たいですよ。

孟子義は大変な美人さんで、演技ができないわけではないんだけど、理知的な役が似合わなくない?

とにかく、あんまり理知的に見えない振る舞いの多い人が、理知的な役をやってて、そっちがメインだと乗れないんですよ。しかも「あまり理知的ではない」というイメージを乗り越えるような演技とまでは行かないわけで。それを考えると、春花焰の趙小棠はすごかった。あれは脇役だったし、孟子義だって脇役をやってるときには、あんまり気にならないんだけどな。

というところで、なんか投げててね。

ちょうど、少し暇&見るものがない、というところで、戻ったら、笑っちゃうほどのテンプレストーリーテリング。

しかし、沈在野から見れば「らんやーばん」では?が見えてきたところから、仕方ねえな、見るか、と。あ、男側では、らんやーばんなんだな、という作品はいくつかあるけど、面白かったのは「寧安如夢」。外したのは「今夕何夕」。本作も結局は外したなあ。権謀術数ものというよりも、沈在野は、かなり暴力に訴えるタイプでもあったか。でも、見たいもんね、学義さんのアクション。でっかいぶんだけ、大変な迫力がある。

沈在野のラストの選択は、らんやーばん2のお兄ちゃんの選択っぽくはあった。

沈在野から見ると、こういう話なのよ。

南祁ではかつて、科挙の全面解禁をめぐる対立があり、謝妃もろとも一族全滅に。謝家の子どもは、お付きの「沈」くんによって入れ替わり、沈くんが亡くなって、謝家の子どもは沈くんとして生きてきた……謝妃の息子の第四王子は行宮で不遇をかこつ。謝家の子どもは、沈在野として、復讐を始める……

というところで北苑の公主がやってくるんですね。なんでわんぱくな妹の姓が「向」なのかの理由もちゃんと描かれてるよ。

なんで見続けたのかって、これ……勧善懲悪の革命タイプでは?と。

らんやーばんは、皇帝に嫉妬された第一皇子とその母の一族の名誉回復もので。皇帝は、引きずり下ろされるところまでは行かなくても、権威は失墜。このタイプが、私が革命タイプと呼んでるスタイルです。

ここ10年くらい、このタイプのドラマはなかなかない。

本作は明らかに駄作にカウントされると思う。顔が良くて、演技ができる人たちを集めて、美術も悪くないのに、みたいな。

好意的に捉えると……つまらなく作るしかなかったのでは?としか言いようがない。原作ありで、そっちは読んでないんだけど。とにかく、らんやーばん・らんやーばん2をやりたいんだな、と。

唯一の見どころは、祁王の変態ぶりでしょうかね。沈在野を板叩きにして楽しんでるとか。シーンはないんだけど、沈在野をベッドで虐待して楽しんだりしてるんじゃないかなあ……的な。自分を救った沈在野を引き上げることで皇帝は名門を押さえ込もうとした。そのために、沈在野を育てもしただろうけど、ゲフンゲフン。さすがにそこは描かれないよ。

三も好きな女を誘拐&監禁したり変態だったけど、父親譲りの変態ぶりなんだろうな……

メインの南祁パートは本当に、らんやーばんがやりたかったんだな、というのがありありで。ただしかし、ペンギンが悪党です、な、らんやーばん的な描き方ができないんだなあ……つまり変態を引きずり下ろして、四の即位までは描けない。変態が謝家滅亡させましたね!というセリフと、孟さんに全部おっかぶせる勅旨が読み上げられるだけ。

多分それだけでは検閲が通らんのでしょうか。北延パートでバランスを取るしかない。こっちは、郘后はモデルが二、三人ぱっと出てくるような描き方。

南の三がお付きのお姉さんを溺愛してしまい、というのは、明の万貴妃っぽいよね。何年も政治の実務を取った皇后、太后はいるけど、即位を目指したところは、やはり武則天。あと、名前からぱっと、前漢の呂雉を連想する。

で、十何年も王の子どもたちを虐待していたというところから、その政治の実務を取ったのも十何年なんだろうと思われるでしょ?その間、南との戦争を続行し、休戦して、と、なかなかやり手なんですよ。

その人を王の子どもが追い払いました、なのがなんかねえ。悪いことばかりしてるなら、あんなに人が何人もついていきませんよ。みんなに毒を与えてるなら、みんな死んでるじゃん。

それがなんとも儒教ジェンダー観ぷんぷん。でもお母さんは贺兰后(賀蘭王后)ですし、鮮卑系の王朝っぽさがあるわけですよ。本作の舞台のモデルは隋唐の前の南北朝、北延パートは明らかに北朝だろうなあ、みたいな、雰囲気があるわけ。それなら女性がかなり力を持っててもあんまりおかしくないですし……おすし……

北はあの男の子が即位しても、国師もいないし。沈在野は……だし。お姉ちゃんは脳筋とまではいかなくても、考えなしだし。

かなり厳しいのでは?

一方の南は名門が沈在野によってガタガタにされて、科挙やってるし。南から四が攻め込んできたら、北はあっさりと負けそう。実際には南朝が貴族社会であり、それが文化を発展させもしたけれど、でね。本作の世界が続くと、南朝が勝つifものになりそう。

なのでねえ。好意的に捉えるなら、南祁パートの、革命タイプの勧善懲悪を描きたいなら、そういう北延パートがないとならなかった、という感じで見ました。

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