空に浮かぶ伝説の島、ラピュタを発見したものの、人々に信じてもらえないまま亡くなった父を持つ、見習い機械工のパズー。彼はある日、空から落ちてきた少女シータと出会う。彼女は胸に青く光る石のペンダントを身につけていた。実は、彼女はラピュタの王位継承者であり、そのペンダントこそが空に浮かぶ力を持つ“飛行石”だったのだ。ところが、二人はラピュタを捜索している国防軍に捕まってしまい、シータを残してパズーだけが釈放されることに。彼は、同じく飛行石を手に入れようとしていた空中海賊ドーラ一味の協力を得て、シータを国防軍の手から救い出す。そして、とうとう伝説の島ラピュタと遭遇することになるが……。
1986年
感想
監督は宮崎駿。
言わずと知れたジブリ作品の名作中の名作。
ただ、「風立ちぬ」を見た後に見ると、すこし後味が違う。ハッピーエンドだと思っていたのだが、今回はムスカを中心に見てしまった。つまりバッドエンド。
「風立ちぬ」は科学の粋を極めようとしたアキレス日本が破裂していく物語と見ることができる。そして本作は科学の粋を極めたラピュタ滅亡後、再興させようとしてしゃかりきになった男が欲望に身を滅ぼす物語と捉えたのだ。つまり、二郎と菜穂子、パズーとシータは狂言回し。こうしてみると二つとも「科学の使い道を間違えた」物語とも思えた。
そして、「生きる」。「風立ちぬ」はラストで菜穂子に「生きて」と言わせる。「ラピュタ」はパズーとシータはシータの谷で二人で生きるのだろう。(今回カットされていたと思うが、パズーはタコでシータを谷に送り届け、そこでタコがまた飛ぶシーンがある)。パズーは炭坑夫から飛行機が趣味の農夫になるのだろう。そのうち子供がぽこぽこと産まれるのだろう。ラピュタ滅びぬ、いざ、生きめやも。
「風立ちぬ」は異色の作品だ。けれど、宮崎駿は、ラピュタの頃から変わっていないのだ。