ひとつの人生からもうひとつの人生へ、旅を続けるオスカーの1日。ある時は富豪の銀行家、またある時は殺人者、物乞いの女、怪物、そして父親へと、次々に姿を変えてゆく。オスカーはそれぞれの役になりきり、演じることを楽しんでいるように見えるが…、どこかにカメラはあるのだろうか?ブロンドの運転手セリーヌを唯一の供に、オスカーはメイク道具を満載した舞台裏のような白いリムジンで、パリの街中を移動する。行為の美しさを求めて。アクションの原動力を求めて。そして彼の人生に登場した女たちや亡霊たちを追い求めて。だが彼の家、家族、そして休息の場所はいったいどこにあるのだろうか?
Holy Motors 2012年
感想
監督はレオス・カラックス。
モダン・アート的ではあるが、「演じる」「見る」ということを具体化した、といえばいいのだろうか。映画の中には、映像の中には「役」があり、「ストーリー」がある。そして、「演じる人」がいる。その瞬間瞬間を切り取ってみれば、本作になるわけだ。
俳優=オスカー。リッチなのに役のためなら老婆になって物乞いをする。モーションキャプチャーで変態になるし、怪人として地下に潜り込む。「俳優」「演じる」そこだけを切り取ったのだ。冒頭の映画館は我々「観客」を可視化したもの。
リムジンの中の別の男はオスカーに「この仕事の原動力は?」と聞く。「行為の美しさ」とオスカーは答える。「しかし、見る者がいてこそ。見る者がいなければ?」
ところどころにどこも笑えるのだが、一番は怪人かな。カメラマンが嬉しそうなところとか。全裸シーンはもちろんモザイクだけどたってるように見えたのだが。(作り物だろうけど)