名曲「アメイジング・グレイス」の誕生秘話と、この曲に支えられながら生涯をかけて奴隷解放のために戦った政治家、ウィリアム・ウィルバーフォースの激動の半生を描く。
Amazing Grace 2006年
感想
18世紀イングランド。大英帝国の繁栄は奴隷制度に支えられていた。アメリカ独立戦争、フランス革命と、イングランドは疲弊していた。富は、奴隷制度の上のプランテーションからもたらされる。
ウィルバーフォース本人は、というと聖職者になるのか、政治家を続けるのかの間で揺れていた。友人の小ピットは元奴隷などにウィルバーフォースを会わせ、奴隷制の現実を見させた。小ピットはウィルバーフォースを先陣に奴隷制度を廃止しようと考えていたのだ。
ウィルバーフォースは、元は王子だったのに奴隷にされた男に自伝を出版させ、大ヒットさせる。港町の政治家の支援者には豪華な船旅のついでに奴隷船を見せた。その臭い。死の臭い。
ウィルバーフォース本人にも問題はある。アヘンに溺れた。それであっても、誰かを善か悪かで切り分けるのは難しい。
正論は勝つ。最後に残れるのは正論だけだ。「だけどね〜」で左右できないこと、それが正論なのだ。正論でないものを持ってこられたときには、それが何年続くか考えてみれば良い。瞬間をとるのか、時間を取るのか。ときに、人は正論のために死ぬ。正論ゆえに殺されてしまう。しかし、後に誰かが評価してくれれば、それはそれで良いではないか。悪事は常に誰かに暴かれるのだから。
タイトルはもちろん、「アーメージーィンググレース」である。元奴隷船船長だった牧師のつくったものだ。ウィルバーフォースはこの人物に影響を受けたのだった。ヨアン・グリフィズが歌ってみせるのだがなかなか悪くない。
大英帝国は、というよりも帝国主義はイギリスに富をもたらした。しかし、その影の部分(本作では奴隷制度)も多く、手放しに評価できるものではない。そこにきちんと焦点を当てた。イギリスは案外ラディカルなところがあって奴隷制度の廃止はアメリカよりも早い。それは本作の描いたような同情心からだったのだろうか。神は人を平等に作った、という信仰心だろうか。私はそうではないと思う。終盤に出てきたように、ノブリス・オブリージュ、すなわち、「ノーブルズ・オブリゲーション」、高貴なものの義務心だったのだろう。
この余裕はどこからくるのだろうか。
もちろん、富からだ。大英帝国の圧倒的な、富。それは奴隷制度が、植民地主義が、帝国主義がもたらした。貧富の差が大きいからこそ、できた世界だ。
日本の政治家たちを見よ。いや、誘導される利益に左右される有権者を見よ。彼らには当時のイギリスの政治家のような「ノブリス・オブリージュ」はない。実に卑しいことである。しかし、差が少ない社会だからこそ、他人よりも多く利益が得られる状態に死にものぐるいでしがみつくのかもしれない、と思った。