東南角部屋二階の女

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死んだ父親の借金を背負い、古アパートが建つ祖父の土地を売ろうとした僕。理不尽な仕事から逃れようと突発的に会社を辞めてしまった後輩。フリーの仕事もままならず、結婚でその不安を解消しようとする彼女。社会のどこにも属することなく、偶然取り壊し寸前のアパートに集まった3人。

2008年

感想

監督は池田千尋。

静かな物語だ。社会からはじかれてしまったが犯罪に走ろうなどとは考えない普通の人たちの物語だ。
日本映画の悪い癖は、こういう映画では説教をたれようとしたり、感動させようとするのだが、本作はそういうものではない。疲れた人たちが、休むところが必要な人たちが休息を取り、次へ行こうか、行くまいか、というストーリーなのだ。大スランプに陥っているせいか、私は結構好きだった。

2008年の作品なのに、アナログな、というか、ハイビジョンになっていないのか、わざと画質を落としたのか、一枚フィルターがかかったような絵だ。その絵作り、はっきりくっきりとしていない絵がこの物語によく似合っていた。

問題があるのは、野上さん、三崎さん、きょうこさん、藤子さん、という呼び方だろうか。リアリティがない。小説でもドラマでも映画でも、男には名字で呼び、女には下の名前で呼ぶことが少なくないのだが、現実にはあまり良く知らない人に下の名前だけで呼ばれることはあまりない。呼ぶ人がいれば大抵、40代以上の男性だった。これは脚本の問題か、原作があればそれが問題か。ただ、そのまま受け入れて撮影してしまった監督も監督だ。

現実には、割に親しいが、下の名前で呼び合うほどの関係にまではなっていない、という微妙な関係の女に対しては、名字にちゃんをつけることの方が多いように思う。男から呼びかけるときは名字にさんをつける方が多いし。この点、宮藤官九郎は、呼び方一つにしてもリアルを掬い上げるのが非常に上手くて、「マンハッタン・ラブ・ストーリー」では、ヒロインの赤羽さん(小泉今日子)に対しては店長や忍君は「赤羽さん」、千倉先生とイボリーと船越は「赤羽ちゃん」、ベッシーは「のぶりん」だった。

それはさておき、西島秀俊と加瀬亮という「見たい」俳優二人を一緒に見ることができるお得な映画ではあった。

西島秀俊にはあまり表情がない。
ただ、借金に疲れていて、休むところが必要な男がよく似合っていた。

加瀬亮にもやっぱりあまり表情がない。
会社に疲れて、休むところが必要な男、なのだが、西島秀俊とはきちんとキャラクターの演じ分けができていたのが良かった。カメレオン俳優ゆえ、下手をすれば西島秀俊と区別がつかない、と言われかねないのだが、おそらくそれはないだろう。

竹花梓は子供っぽいような喋り方と声なのが少し気に触ったが、空回りしてしまって疲れた女、には似合っていた。ストーリー上、三崎か野上かとくっつかせても良かっただろうに、くっつけなかったのがとても好感が持てた。

香川京子は私でもわかるようなベテランなのだが、年齢のせいなのかなんなのかセリフ回しが素人っぽかった。昔は録音技術が悪くてそういう喋り方が必要だったのかもしれないが、今は、というのもあるのではないかとは思ったが。

東南角部屋二階の女

東南角部屋二階の女

西島秀俊, 加瀬亮, 竹花梓, 塩見三省, 高橋昌也, 香川京子
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