「ブエノスアイレス」と「楽園の瑕」

ブエノスアイレス [DVD]
香港では「ブエノスアイレス」を見た翌朝に「楽園の瑕」を見た。
2015年4月1日の香港
個人的には写りの悪いテレビで見るならむしろオリジナルの「楽園の瑕」の方が好みだが、見たのは物語がすっきりと整理された「楽園の瑕 終極版」だった。
楽園の瑕 終極版 [DVD]

「楽園の瑕」は撮影が始まってからキャスティングが入れ替わったというのは有名な話だ。「大英雄」にある通り、元々は
欧陽鋒:トニー・レオン
黄薬師:レスリー・チャン
だったのだろう。

レオン・カーフェイの演じる黄薬師はブリジット・リンとカリーナ・ラウの精神や人間関係をぶち壊してしまう。欧陽鋒は結果的にその尻拭いをしてやることになる。

「振り回す男」を演じればレスリー・チャンは天下一品だ。
「ブエノスアイレス」を見ればわかる。トニー・レオンは「振り回される男」「世話をしてやる男」にぴったりじゃないか。

「レスリーが女たちを振り回し、トニーがその尻拭いをしてやる」
これが元々のストーリーだったのではないだろうか。

結局、その物語は進まず、キャスティングを一度シャッフルしなければ「楽園の瑕」という物語は進まなかった。

しかし、「男Aの尻拭いを男Bがする」という物語は残った。なぜ男Bは男Aの尻拭いをしてやるのだろうか。それはそこに愛があるからだ。それが、「ブエノスアイレス」。

(ああ。気づいてしまった。男二人が同じ女を愛してしまい、それでいて男二人の関係が完全に決裂しないという物語は幾つかある。選ばれなかった二番手君が私の琴線に触れてしまう。そうだ。「花より男子」ならば、私は花沢類派だ。類と司は完全には決裂しない。類は司の尻拭いをしてやる。それは類はつくしを愛しているからであり、つくしが幸せになるためだからなのだ。だが。ああ。気づいてしまった。類の本命は司じゃないか。類にとっては、つくしとは司を愛するための媒介でしかないのか・・・)

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